『買い物ゼロ秒時代の未来地図――2025年、人は「買い物」をしなくなる〈生活者編〉』より一部抜粋
(本記事は、望月智之氏の著書『買い物ゼロ秒時代の未来地図――2025年、人は「買い物」をしなくなる〈生活者編〉』=クロスメディア・パブリッシング、2021年1月29日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
中古品のフリーマーケットアプリ「メルカリ」は、今やブームを超えて、人々の定番アプリとなっている。もちろん、まだ使ったことのない人も多くいるだろうが、まわりの誰かが使っているという話は聞くことがあるだろう。
そんなメルカリだが、日本だけのブームにとどまるとは思えない。メルカリはすでにアメリカに進出しているが、これから海外でも爆発的に伸びる可能性を大いに秘めている。
実は、日本人ユーザーが当たり前のように利用しているメルカリのビジネスモデルは、世界的に見てもとても珍しい。日本は物流システムが発達しているなど、環境面でのアドバンテージも大きいが、メルカリにはAmazonが持たない機能がある。
それは、「一品一品への細やかな対応」だ。
メルカリには、「あのとき、あの場所でしか買えなかったもの」も並んでいる。つまり世界にひとつしかないものも、そこで売買することが可能なのだ。このような買い物体験は、Amazonにはできない。メルカリは、Amazonが入れない領域でビジネスを展開しているのである。
デジタルプラットフォーマーへの投資で有名な、アンドリーセン・ホロウィッツという米大手のベンチャーキャピタルがある。中古市場は世界的にも爆発的に伸びるといわれており、彼らもこの分野への投資を増やしている。人気の品目としてはスニーカーやブランドバッグなどが挙げられるが、これらの中古市場も今、大いに活況を呈している。
そうした背景からも、メルカリのアメリカ進出は決して無謀なチャレンジではない。うまくいけば、数年で大きなチャンスをつかむ可能性がある。
メルカリが注目されるようになったのは、中古市場の拡大だけが要因ではない。「人間の特性」をうまく利用したことも関係している。
メルカリがサービスを開始した当初のキーワードは「ゲーム性」だった。これは言い換えると「中毒性」。少し言葉は悪いかもしれないが、メルカリは「ユーザーを中毒にさせる仕組み」を見事につくったといえる。
これまでメルカリが大型の資金調達を成功させてきたのも、この利用者を惹きつける仕組みをうまく組み込んでいることが評価されたためだ。そして、その仕組みを支えているものの中でも大きいのは、「ある瞬間」に抱く幸福感である。
先日も喫茶店の隣の席で、若い男性同士がこんな会話をしていた。
「メルカリって売れた瞬間、超うれしいな。買った瞬間じゃないんだよな」もともと女性に人気のあったメルカリが、男性の間でも広がっていることをうかがわせるシーンでもある。そして、これを生み出しているのは、「買って楽しい」「売れてうれしい」という感情を循環させる設計なのだ。
さらにメルカリには、独自のスマホ決済サービス「メルペイ」があり、現金でやり取りするよりも簡単でお得に取引することもできる。これも決済までを含めて、自社サービスだけで循環をつくる仕組みとなっている。売れた商品の代金をメルペイで受け取り、そのメルペイの残高を自分の買い物にも活用できるのだ。
メルカリで売られている商品の一つひとつは安い物が多く、売り手としてはそれほど利益の出るものではない。そのため、「たくさん売って儲けたい」という人には不向きかもしれない。だが、売れたときのうれしい感覚を知ったユーザーは、その売買を繰り返すのである。これは先ほども話した、アドレナリンが出ている状態だ。
今やメルカリは何でも揃う場所になっていて、日用品はもちろん、たとえば商品のおまけとしてもらえる非売品も、店舗で買うよりも揃えやすい。お菓子のおまけを全種類コンプリートしたいとき、店で何個も商品を買っていると、おまけがダブることもよくある。しかし、メルカリなら目当てのものをピンポイントで注文できるので、結果的に安く済む場合もある。
このように、消費者を惹きつける仕組みをうまく構築したメルカリだが、今、その仕組みとはまた違う「次の展開」へと進む段階に来ている。
ここでもキーワードは「体験」だ。
21世紀に入り、大量消費社会への反省から、エコロジーな感覚が大切にされるようになった。「再生エネルギー」「持続可能な社会」「フードロス問題」といった言葉を繰り返し耳に入れるうちに、私たちは無駄な買い物をして家にモノが溜まっていく状態に対して、少なからず良心の呵責のようなものを感じるようになっている。
メルカリのような中古品の売買は、エコロジー感覚とは少し異なるかもしれないが、少なくとも無駄を減らしていることには違いない。そのような「店舗での買い物にはない体験」がメルカリを利用する理由のひとつとして存在し続けるだろう。
また、先ほども述べた「あのとき、あの場所でしか買えなかったもの」を発見して手に入れるという体験は、Amazonには真似できないことであり、今後もメルカリの最大の強みになると考えられる。
デジタルシェルフが浸透すればするほど、店舗が従来のままの形で存続することは難しくなる。このままいくと、実店舗はデジタルに駆逐されるのではないかと思うところだ。実際、ナイキのように店舗を体験型に切り替えて生き残りを図る企業もある。
しかしそんな中でも、従来の形態を維持したまま好調な店舗もある。
作業服専門店のワークマンもそのひとつだ。同社はここ数年、右肩上がりで業績を伸ばしており、人の外出が減った2020年も好調を維持している。
ワークマンの強みは、「小商圏で店舗を展開していること」である。
もともと通信業界の言葉で、Eコマースの物流の分野でもよく使われている「ラストワンマイル」という言葉がある。「配送センターなど最も近い拠点から顧客の家まで」を表すが、特に「顧客との一番近い接点」といったニュアンスで語られることが多い。この点は、AmazonなどのECサイトが直接コントロールしにくい部分でもある。
小商圏型のビジネスは、ECサイトが苦手な、この「ラストワンマイル」の距離で生活者との接点を持っているので、「すぐに欲しいけど、Amazonだと時間がかかるから、店に行こう」という生活者のニーズを満たすことができるのだ。
さらにもうひとつ、ワークマンが強みとする点がある。それは「原価率の高さ」だ。
同じ値段の商品でも、原価の占める割合が低ければ、売れば売るほど儲けも大きくなる。
普通の会社では、「原価率を1%でも下げる」のが儲けを増やすための常識だ。
一方、ワークマンは、「原価率を最低65%かける」という独自の社内ルールを持っている。
それ以上は儲けを出さないという方針で、つまり品質の高さを売りにしているのだ。もしも原価がその数字に達しない場合でも、機能を付加してそれを満たす。こうすることで、Amazonに並ぶ他社製品にも負けないクオリティーを維持しているのだ。
もちろん、安くていい商品を並べるだけではお客さんはついてこない。デジタルシェルフ時代においては、「知ってもらう」ということが不可欠だ。その点、ワークマンはインスタグラマーなどをうまく使いながら商品認知度を高めている。
アウトドアウェアやスポーツウェアを扱うブランド「ワークマンプラス」のオンラインショップを見てもらうとわかるが、いかにも「インスタ映え」しそうな商品が多い。機能性を重視しているからといってファッション性が低いということはなく、インスタグラマーたちが紹介したくなるようなカラフルな色使いで商品ラインナップを揃えている。シンプルさが売りとなっているユニクロとは対照的な存在ともいえる。
そんなワークマンが右肩上がりの業績を続ける最大の秘訣は、「つながり」をうまく活用しているところだ。それがオンラインであれば、インスタグラマーなどの紹介によるつながりだが、ワークマンは実店舗でもつながりを重要視している。
ワークマンプラスの店づくりは、お客さんが1人ではなく2人以上で来ることを前提としている。親子や夫婦、恋人同士、友達同士など、2人以上で来るお客さんが店内を回りやすい動線になっているのだ。理由は単純。そのほうが、客単価が上がるからである。
ワークマンのような店舗に来るお客さんは、1人だと「靴下だけ買って帰る」といったように、必要なものだけ買って5分程度で店を出てしまう人も多い。ところが親子で来た場合は、「子どもがキャンプで使うウェアが必要だ」「お母さんの雨の日用のシューズも買ったほうがいいよね」「見て見て、これあったら便利そうじゃない?」と、複数買いをするので客単価が上がりやすい。
買い物客の目的に合わせた動線づくりをすることで、売れる商品が変わることもある。ここでもショッピングパーパス理論が重要になってくるというわけだ。
リアルでもSNSでも、ワークマンは「つながり」を強く意識している。2020年代にマッチしたマーケティングをすでに展開しているのである。
望月智之(もちづき・ともゆき)
株式会社いつも 取締役副社長
東証1部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつも を共同創業。
同社は消費財ブランドに対するD2C・ECコンサルティング会社として、現在までのべ9500案件以上を支援し、2020年12月には東証マザーズ上場。
自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。
デジタル消費の専門家として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、ブランド企業に対するデジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。
番組ナビゲーターを務めるニッポン放送「望月智之 イノベーターズ・クロス」のほか、J-WAVE、東洋経済オンライン、ダイヤモンド・オンラインなど、メディアへの出演・寄稿やセミナー登壇など多数。
著書に『2025年、人は「買い物」をしなくなる』がある。
『買い物ゼロ秒時代の未来地図――2025年、人は「買い物」をしなくなる〈生活者編〉』