『買い物ゼロ秒時代の未来地図――2025年、人は「買い物」をしなくなる〈生活者編〉』より一部抜粋
(本記事は、望月智之氏の著書『買い物ゼロ秒時代の未来地図――2025年、人は「買い物」をしなくなる〈生活者編〉』=クロスメディア・パブリッシング、2021年1月29日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
ついに現れた「100%ネットで買い物男」
買い物は面倒くさい。
それは前著でも最初に述べたことだが、そんな私でも「そこまで面倒くさいの?」と言わずにはいられない人間が、自分の身近なところから現れた。
その知人・Aさんは40代男性で、コロナ禍において数カ月の間、ほぼ外に出ない生活を送っていた。決して引きこもりタイプではないのだが、本人は「なかなか充実していた」と言う。
朝起きて、まずはAmazonの生鮮食料品部門「Amazonフレッシュ」で今日必要な食材を注文。在宅ワークを開始して、昼頃には朝に注文した食材が自宅に配送される。昼食をとったらまた仕事に戻り、休憩時間にはAmazonプライムで映画を楽しむ。夕食も、昼に届いた食材で済ませる。基本的には毎日その繰り返しで、ほかにも生活必需品をネットで買ったり、たまにウーバーイーツを頼んだりするという。そうして買い物はすべてECサイトのみで完結させ、「ネットさえあれば、家から一歩も出ない生活は可能だ」ということを、身をもって証明したのだ。
ここまで徹底的に実行した人間は少ないかもしれないが、ある程度はAさんに近い生活を送っていたという人は日本中に数多くいたはずだ。もちろん、そうした人のほとんどは、少しは外を出歩いて気分転換をしたり、近所のスーパーやドラッグストアなどで必要なものを買い揃えたりといったこともあったはずだが。
世の中の人たちが外出を必要最小限にとどめる中、彼は最小限の外出すら必要なかった。
家のすぐ近くにコンビニがあるにもかかわらず、利用することはなかったという。
自粛ムードが弱まってからも同じ生活を続ける彼に「どうしてそこまで外に出ないの?」と聞くと、彼はこう答えた。
「だって、服を着替えたり、髪の毛を整えたり、面倒くさいじゃないですか。ひげも剃そらないといけないし」これは確かによくわかる。私自身も「買い物前の身支度」をとても面倒なことのひとつと考える、まさに「買い物は面倒くさい」を体現する1人なのだが、その私にしても、ここまで面倒なものなのかと思わされたものである。
日本のすべての商取引における電子商取引の比率、いわゆる「EC化率」は2019年の時点で6・76%であるが、Aさんを見ると100%だ(先日、豆電球が切れて近くの店に買いに出たそうで、ついにそれは崩れたが、それでも99%以上である)。
仕事でオンライン会議に出るときばかりは、身なりを整えているようだが、いずれ「アバター」と呼ばれるネット上での自分の分身を映して参加するのがオーケーになれば、もはや身支度の必要すらなくなるだろう。
さらにいえば、自分が何か発表するわけでもなければ、参加しているのが彼である必要もなくなる。あとでAIがまとめてくれた要点を確認すればいいだけだ。
急増した近所とオンラインの買い物
2020年4月7日から約1カ月半続いた緊急事態宣言中、東京のオフィス街は静まり返っていた。普段なら多くのビジネスパーソンが行き交う通りも、人影はまばら。感染症の拡大防止を目的として、テレワークが可能な業種・職種の人たちは、自宅で仕事をしていた。
私たちの買い物も、劇的に変化した。先ほどのAさんほどではないが、普段の買い物をネットスーパーで済ませる人が増え、配送の予約は早々に打ち切られるほどだった。そうしたサービスは利用しなかったという人たちも、「いつも使っているものが売り切れたら大変だ」とばかりに、自宅から車や徒歩で近くのスーパーやドラッグストアに出かけて、日用品を買い揃えた。
スーパーやドラッグストアは大盛況となり、追加のスタッフを募集する店舗もあった。しかし一方で、客を失った店舗も多かった。平日の昼間は大行列が当たり前だった都市部のコンビニや飲食店、そして人が多く集まる場所に出店しているアパレル店や電器店などは、軒並み苦境に追い込まれ、首都圏ビジネスはもはや崩壊といってもいいほどの状況だった。
私たち生活者にとっても、この期間は窮屈さを感じることの連続だった。「不要不急の外出を避けるように」と言われているので、買い物以外には出かけることもできない。仕事や学校はどうなるのかといった不安も募る。
とはいえ、EC化率100%のAさんのように、今日・明日の生活そのものは「案外大丈夫なものだ」と思った部分も多かったのではないだろうか。
欲しいものはだいたいネットで揃う。おなかがすけば食べ物のデリバリーを頼む。スマホがあればだいたいのことはできてしまうのだ。現地に足を運ぶのが当たり前だった不動産の内覧も、リモート内覧に対応する不動産屋も現れた。
コロナ禍において、私たちは近所の店舗やオンラインで買い物をする機会がそれまで以上に増えた。それは言い換えれば、「ほとんどの買い物を近所とオンラインだけで済ませる生活がもう可能な時代である」ということを示した1カ月半でもあった。
その反面、先ほど述べたように、オフィス街にあった小売店・大型商業施設などに人が足を運ぶ機会は激減した。ただ、これも2025年頃に起こることが2020年に訪れたようなもので、従来型の店舗は、変化しないと生き残れない時代になったことを示している。数年前から試験が始まっているコンビニの無人店舗化の流れは、これを機に加速するだろう。2020年以前からすでに失速していた大型商業施設も、従来の形ではもう生き残れないという現実をまざまざと見せつけられたといえる。
いくつかの施設は生き残るだろうが、新しい時代に合った価値を生活者に提供できなければ、以前のような勝ち組のままでいることは難しくなっている。
リアルの一等地からデジタルシェルフ一等地へ
2020年は、「人の動き」が止まった一方で、「物の動き」が活発化した1年でもあった。
私たちがオンラインでする買い物は、まず運送業界の人たちが商品を運ばないことには成り立たない。そして店舗では衛生用品など一部の商品が在庫切れとなった。工場ではつくられているものの、物流の限界で店舗になかなか届かないものもあり、物流の重要性があらためて認識された年でもあった。
生活者が近距離圏やネットで買い物を済ませるようになり、商品の流れも従来とは大きく変わった。そんな中で、「高い家賃や土地代を払って、便利な都会に住む必要があるのか」という議論も生まれた。郊外や地方の価値が見直されるようになったのだ。実際に移住する人はまだ多くないが、価値観が変化する中で、新しい住まいや生活の構想を描いている人は少なくないだろう。
そういった価値観の変化は、店舗にも影響を及ぼしている。
これまでの店舗にとって、「立地」は重要な成功条件のひとつであった。人気のある街に本店を置くことでブランドイメージをつくってきた事例も多い。しかし今や、これまで価値の高かった渋谷や銀座などに本店があっても「すごいですね」とはなりにくい。むしろ「……それで?」という反応に変わっている。生活者にとって、買う場所はどこでもよくなっているのだ。
これまでの店舗では長年、メーカー同士で、商品棚を奪い合うような熾烈な競争が起こっていた。
たとえばコンビニで何か飲み物を買おうと思ったときに、飲み物コーナーの棚にはさまざまなメーカーの製品が並んでいる。しかしその並び方は、メーカーから見て「公平」ではない。顧客の目につきやすい場所と、そうでない場所で差があるのだ。当然、顧客の目線にある商品はよく売れ、目線にない商品は売れにくい。
メーカーからすれば、顧客の目に留まりやすい場所、手に取りやすい場所、つまり「棚の一等地」に商品を置いてもらいたい。しかしライバル社も当然そう考えているわけで、その場所を確保するのは簡単ではない。
さらにそこに、スーパーやコンビニなど小売り側が手掛ける独自のプライベートブランド、いわゆる「PB商品」なるものが現れ、それまで一等地を確保できていたメーカーでも安心できない状況となった。何より自社商品を売りたい店舗が、PB商品を一等地に置きたいのは明らかだからだ。
しかし、ここまでにも述べたように、2020年は、デジタル時代の時計の針が一気に進んだ1年だ。これまで進んでいるようで進んでいなかったSNS経由のネットショッピングをする人も増え、商品が置かれる場所も、リアル店舗の棚からデジタルシェルフ上にシフトしている。
デジタルシェルフでいう一等地は、「ユーザーの目に留まりやすいところ」である。たとえば、ECモール内で「サプリメント」で検索して検索結果上位に表示されている商品は、デジタルシェルフの一等地を確保しているといえる。ただ、「サプリメント」のような直接的なワードで一等地を確保するのはなかなか難しい。コストもかかるだろう。
望月智之(もちづき・ともゆき)
株式会社いつも 取締役副社長
東証1部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつも を共同創業。
同社は消費財ブランドに対するD2C・ECコンサルティング会社として、現在までのべ9500案件以上を支援し、2020年12月には東証マザーズ上場。
自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。
デジタル消費の専門家として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、ブランド企業に対するデジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。
番組ナビゲーターを務めるニッポン放送「望月智之 イノベーターズ・クロス」のほか、J-WAVE、東洋経済オンライン、ダイヤモンド・オンラインなど、メディアへの出演・寄稿やセミナー登壇など多数。
著書に『2025年、人は「買い物」をしなくなる』がある。
『買い物ゼロ秒時代の未来地図――2025年、人は「買い物」をしなくなる〈生活者編〉』