世界各国でワクチン接種が始まり、夏休みの旅行への期待感が高まる中、空の旅の速やかな再開を促す手段として、新型コロナの感染検査やワクチン接種を済ませたことを証明する「トラベルパス」の発行が検討されています。しかし、「ワクチン接種後も今夏は海外旅行を控えるように」とのアナウンスもあり、航空産業の苦難は当面続くことが予想されます。
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国際民間航空機関(ICAO)が2021年3月に発表した報告書によると、2020年の世界の航空旅客数は前年比60%(26億9,900万人)減、損失総額は3,710億ドル(約40兆6,803億円)と、深刻な打撃を受けました。2021年の見通しも、航空旅客数19億 3,400万~23億9,800万人減、損失総額2,820億~3,430億ドル(約30兆 9,214億~37兆6,101億円)と、回復の兆しはまだ見えていません。
今もなお世界各地で厳しい水際対策が続く中、できる限り速やかに旅客を呼び戻し、V字回復を狙う上で、旅の安全性の確保は最優先事項です。2021年3月27日現在、多くの国で渡航前に検査結果の提示が義務付けられていますが、カタール航空や英旅行代理店SAGAのように、利用客にワクチン接種を義務付ける予定の航空・旅行会社もあります。
コロナ時代の旅の安全性と効率性を向上する手段として、国際航空運送協会(IATA)や一部の航空会社、政府などが検討しているのが「トラベルパス」の発行です。
「ワクチンパスポート」「ワクチン証明書」とも呼ばれるトラベルパスは、スマートフォンのアプリやQRコードなどを利用して、コロナに感染していない、あるいは正式な機関でワクチンを接種していることを証明するものです。トラベルパス保有者は、出国・入国の際や公共施設、飲食店、ジム、美容室などを利用する際に提示し、免疫のない人より感染リスクが低いことを証明することで、行動規制が緩和されます。
イスラエルでは、すでに2回目の接種から1週間が経過した人、あるいは感染から回復した人(イスラエル国籍保有者限定)を対象に、国内のジムやホテルなどで利用できる「グリーンパス」が発行されています。ニューヨークタイムズ紙によると、同国は2021年3月27日現在、ワクチンの投与回数が100人につき111回と、世界で最もワクチン接種が進んでいます。
一方、EU(欧州連合)は加盟27ヵ国で有効な「デジタルグリーン証明書」の準備を進めています。すでにデジタルID(身分証明)システムを導入しているデンマークでは、国内の行動規制緩和に向け、デジタルIDと独自に発行する「コロナパス」を紐づけ、個人の健康記録や検査結果のデジタルリストなどにアクセスできるシステムの導入を計画しています。
IATAのトラベルパスはシンガポール航空やエミレーツ航空、カタール航空、ニュージーランド航空などが実証実験を行っており、3月中の使用開始が予定されています。
公式な証明書を発行するシステムを構築することで、すでに500~700ドル(約5万4,818~7万6,745円)前後で闇取引されている、偽造のワクチン接種証明書などの取り締りにも一役買うと期待されています。
メリットだけを見ると良いアイデアのように思えますが、手放しで歓迎されているわけではありません。実用化にあたって、3つの問題点が指摘されています。
1つ目は、2回目のワクチンを接種済みの人とそうでない人に「ワクチン格差」が生じること。例えば、ワクチン接種の優先順位が高い高齢者は海外旅行に行けるのに、若い世代は外出もままならないといった不平等が起こり得ます。
2つ目は、「旅行に行って自由に行動したいが、ワクチンは受けたくない」という人にまで、ワクチン接種を強制することになりかねないことです。ワクチン接種の方針は国によって異なりますが、日本を含めて多くの国は接種が強制ではないことを国民に強くアピールしています。
3つ目は、ワクチンを接種したからといって100%感染しない、させない保証はないことです。ワクチンはあくまで予防策の一つであり、感染拡大を食い止めるには、ソーシャルディスタンスや手洗い、換気など基本的な感染防止対策を続ける必要があります。
米国疾病予防管理センター(CDC)が3月8日に発表した最新の報告によると、現在米国で承認されているファイザーやモデルナといったワクチンは、英国型変異種を含む多様なコロナウイルスに対してある程度の有効性が見られるものの、南アフリカ型に対しては有効性が低下する可能性が指摘されています。変異種が世界各地で確認されている現在、ワクチン接種後も油断できない状況です。
これらの問題点を踏まえると、トラベルパスに一定のセーフティネットの効果は期待できますが、絶対的な解決策とはならないことがわかります。
航空産業は、引き続き基本的な感染対策を実施すると同時に、より安全で快適な旅を提供するために、感染対策のさらなる強化や効率化を図る必要があります。1年以上にわたってコロナと戦ってきた航空産業にとっては、ここからが正念場になるでしょう。