サステナビリティ(持続可能性)の波がファッション産業にも押し寄せる中、高級で贅沢なイメージを売りにするラグジュアリーブランドにも、一大転機が訪れています。
今回はステラ・マッカートニーやシャネルなど、ラグジュアリーブランドによる具体的なサステナビリティの取り組みと、2030年に151億7,000万ドル(約1兆6,169億円)規模に成長すると期待されている、サスティナブル・ファッション産業の可能性について見ていきます。
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国際市場調査企業Business Research Companyの調査によると、アパレル製造業が放出する温室効果ガス量は年間約12億トン。シーズンごとに新作を発表するファッション業界では、毎年売れ残った在庫商品のほとんどが処分されています。1秒ごとにトラック1台分の衣類が焼却処分されるか埋め立て地に送られ、リサイクルされる割合はわずか1%です。
サステナビリティやエシカル(倫理的・道徳的活動)の概念やムーブメントが広範囲に浸透し始めた2018年、「英国の老舗高級ブランド、バーバリーが過去5年間で焼却処分した余剰在庫は、9,000万ポンド(約133億7,340万円)相当を上回る」という衝撃的なニュースが世界中で報じられました。また、カルティエやモンブランを所有するスイスのリシュモンが、2年間で4億8,000万ユーロ(約617億5,794万円)相当の腕時計を処分していたことなども明らかになっています。
ファッション産業の在庫ロスは以前から問題視されていましたが、エシカルの概念とは程遠い現状に、世界中から批判の声が上がりました。ラグジュアリーブランドが余剰在庫を焼却処分するのは、低価格で売ることでブランド価値が低下するのを避けるためです。
しかし、近年は消費者のサステナビリティ意識が高まっており、「ブランド価値」の定義そのものが変わりつつあります。今後は、サステナビリティやエシカルなくしてブランド価値を維持するのは難しいでしょう。
とはいうものの、流行の移り変わりが激しく、化学繊維や薬品を使った素材や製造・輸送・販売のプロセスでエネルギーを大量に消費するファッション産業に、サステナビリティの概念を浸透させるのは難しいように思えます。
しかし近年は、低コスト化や大量生産による利益重視型の経営戦略から、生物と環境に配慮したエシカル型の経営戦略に移行することで、サステナブル・ファッションの実現を目指す動きが加速しています。具体的には、以下のような取り組みが挙げられます。
・人間、動物、環境に優しい素材や技術の開発・使用
・労働者に対する公平な労働環境と権利の提供
・環境を配慮したサプライチェーンの構築
・リサイクルやエネルギー問題への取り組み
・余剰在庫を最小限に抑えるエコシステムの構築
・消費者の意識改革の促進
グッチやエルメス、アレキサンダー・マックイーン、ルイ・ヴィトンといったラグジュアリーブランドから、アディダスやユニクロのようなカジュアルブランドまで、すでに多くの企業がサステナビリティの概念をファッションに取り込んでいます。ここでは、2社の事例を見てみましょう。
2001年にアパレルブランドを設立して以来、サステナブル・ファッションのパイオニアとしてラグジュアリーブランドをリードしてきました。「自然・人・動物の尊重」をブランド理念に、カシミアやオーガニックコットンなど、できる限り多くの持続可能な素材を森林から調達することで環境を保護すると同時に、作物を栽培する農家から顧客までサプライチェーンに関わるすべての人に、ポジティブな影響を与えることを目標にしています。
ステラ・マッカートニーのブランド理念で特にユニークなのは、「循環ソリューション」という再利用と再生産に焦点を当てた製造方法を採用している点です。これは、衣類をできる限り循環させ、使われなくなった後は安全に生物圏に戻す「循環ファッション」と呼ばれる再生システムです。
2020年3月、2015年に採択された気候変動抑制に向けた国際的枠組み、パリ協定の目標に則った「シャネル ミッション1.5°」を発表しました。二酸化炭素排出量の削減、排出した二酸化炭素の相殺、100%再生可能エネルギーへの移行、気候変動への取り組みの支援・投資を目標に掲げています。このミッションは、生産を含むサプライチェーンからリテール、コレクションまで、広範囲に適用されます。
サステナビリティの波に乗り、サステナブル・ファッション市場が急成長を遂げています。
国際市場調査企業Business Research Companyのデータによると、世界のエシカルファッション市場は2015年以降8.7%の複合年間成長率(CAGR)で成長し、2019年には約63億5,000万ドル(約6,768億2,074万円)に達しました。サステナブル・ファッション産業の統計から試算すると、2030年には151億7,000万ドルに達する見込みです。
エコフレンドリーな素材の開発や製造法も注目されています。素材から空気中に放出されるマイクロファイバーや有害廃棄物の量を削減する手法が模索されているほか、フィリピンで栽培されたパイナップルの葉から作られた、皮の代用素材「Piñatex」などです。
また、ペンシルバニア州立大学の科学者チームは、イカの吸盤にあるタンパク質にさまざまな活用法があることを発見しました。このタンパク質には自己回復特性や生分解性があるため、繊維のコーティング剤として使用すると耐久性が大幅に向上し、不要になればリサイクルも可能です。今後、このような研究と開発が加速することで、サステナブル・ファッションの可能性がさらに広がると期待されています。
「ラグジュアリーブランド」というイメージだけでは、顧客へのアピール力に欠ける時代になった今、サステナビリティはデジタル化に続き、ファッション産業全体に革命をもたらすきっかけになるかもしれません。