「地球と人類の存続に欠かせない存在」といっても過言ではない生物多様性。社会発展や地球環境の変化といったさまざまな要因により劣化が深刻化している現在、生物多様性を保護するためのプロジェクトが世界規模で加速しています。
このようなプロジェクトに資金を提供し、生物多様性の保全を支援する手段として注目されているのが「生物多様性クレジット」です。本記事では、民間の投資促進策としても期待が高まっている背景と導入のメリット、課題を考察します。
生物多様性クレジットとは?オフセットとの違いは?
国際自然保護連合(IUCN)の推定によると、昆明・モントリオール生物多様性枠組(※)で合意された世界の自然再生目標を達成するために必要な資金は、年間6,000億~8,000億ドル(約90兆6,000億~120兆8,000億円)に上ります。
(※)生物多様性条約第15回締約国際会議(COP15)で採択された、生物多様性に関する世界目標の一つ。正式名称はKunming-Montreal Global biodiversity framework (GBF)。
資金調達手段のひとつとして考案された生物多様性クレジットは、生息地の生物多様性の価値や開発プロジェクトによる潜在的な影響を数値化し、クレジットまたは単位として売買するというもの。企業や投資家はクレジットを通して、自然保護・再生活動などのプロジェクトに投資できます。
生物多様性クレジットを基盤とする自然資本経済のメカニズムを構築できれば、環境問題から経済、民間投資、ビジネス、地域社会まで、広範囲な領域に恩恵がもたらされる可能性が期待できるでしょう。
一方で、よく似た概念である「生物多様性オフセット」は、開発で失われた生物多様性を別の場所で再生し、損害や悪影響をオフセット(相殺)する仕組みを指します。これは、生物多様性を損なう活動を定量化することにより、損害や悪影響を与える開発者側がオフセットコストを負担する「汚染者負担アプローチ」に基づくものです。
国際的取り組みが加速
近年は、生物多様性クレジットの活用を促す国際的な取り組みが活発化しています。
前述のGBFでは署名国196ヵ国に対し、「企業間における生物多様性のリスク評価の開示義務化」や「資源動員を年間2,000億ドル(約30兆2,000億円)以上に増やす」といった23の目標が設けられており、生物多様性クレジット制度の活用が推奨されています。
一方で、2022年12月7~19日に開催されたCOP15では、国連開発計画(UNDP)と国連環境計画金融イニシアティブ(UNEPFI)、スウェーデン国際開発協力庁(SIDA)の支援のもと、「生物多様性クレジットアライアンス(BCA)」が発足。2023年6月には、イギリスとフランスが生物多様性クレジットの購入を介して自然回復に貢献する企業を支援するイニシアチブ「グローバルロードマップ」を発表しました。
国単位の動きも進展しており、オーストラリアやニュージーランド、コロンビアなどが、生物多様性クレジットを導入しています。イギリスにおいても、同国の環境戦略である生物多様性ネットゲイン(※)の一環として導入を計画しており、誰でも環境プロジェクトに投資できる機会の提供を目指しています。
(※)野生生物の生息地を、開発前より明らかに良い状態で維持することを義務づける都市計画法のこと。
世界的な取り組みを追い風に、生物多様性クレジットの需要が 2050 年までに年間 1,800 億ドル(約27兆1,800億円)に急増すると世界経済フォーラム (WEF)は予測しています。
導入に向けての課題
しかし、普及に向けた課題も横たわります。そのひとつとして、生物多様性を評価・報告するための規格が統一されていない点が挙げられます。自然界の複雑な構造を考慮すると、多様な価値を正確に評価したり、損失を同じ基準で再現することは極めて難しく、クレジットの透明性や信頼性に疑問を唱える声もあります。
現在は世界各国でさまざまな評価法が模索されており、今後、生物多様性クレジット市場が成熟するに伴い、国際規準の開発が進むのではないかと思われます。
投資拡大が期待できる領域
生物多様性はSDGs(持続可能な開発目標)を達成する上でも重要なカギを握っていることから、進展を支える生物多様性クレジットの普及が広がる可能性は高いと期待されています。「自然生態系の保存・回復に対する金銭的インセンティブを提供する」という観点から、投資拡大が期待できる領域でもあります。Wealth Roadでは、今後も生物多様性分野とサステナビリティ投資市場の動向をレポートします。
※為替レート:1ドル=151円
※上記は参考情報であり、特定の銘柄の売買及び投資を推奨するものではありません。