『となりの億り人 サラリーマンでも「資産1億円」』より一部抜粋
(本記事は、大江 英樹氏の著書『となりの億り人 サラリーマンでも「資産1億円」』=朝日新聞出版、2021年12月13日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
〝億り人〞というのはどういう人たちなのか、ということをお話ししてきましたが、実際に純資産を1億円以上持てるようになるには職業や環境などによっていくつかのパターンがあります。それぞれの立場や環境によってどんなやり方でそうなるのか、それらのパターンを考えてみたいと思います。細かい相違点はあるものの大きく分けると以下の3つがあると私は考えています。
①代々資産家の家に生まれ、相続等によって自分も資産家になる
②自分で事業を興して成功する
③普通に働きながら投資で資産形成をする
①の、代々、家が裕福で資産家だったのなら、何もしなくても自分も資産家になるのだから、これは一番楽なパターンではないかと思うでしょうね。ところが意外とそういうわけでもないのです。創業者が作った会社を潰さずに維持する、さらに発展させるというのはかなり難しいことです。中国は唐の時代の古典で帝王学を指南する『貞観政要(じょうがんせいよう)』という書物がありますが、そのなかに「創業は易く、守成は難し」という言葉が出てきます。現代風に言い換えれば「起業することはそれほど難しいわけではないが、それを維持し、発展させていくことの方が難しい」ということです。これはベンチャー企業の経営者の方にお話を聞いてもみなさん、異口同音におっしゃいます。
さらに事業を継続していくことの難しさに加えて、個人で持っている土地や金融資産といった財産そのものを維持していくのも決して楽ではないでしょう。相続税が与える影響の大きさから、俗に「三代相続すると財産はなくなる」ということもよく言われます。何代も続いて財産を維持するというのは我々が考えるほど楽なことではないのかもしれません。
私の知人に滋賀県でいくつかの事業を手がける経営者の人がいます。彼はある時、「近江(おうみ)商人の教え」ということで次のような話をしてくれました。
「近江商人は代々、自分の子供に対して『事業を大きくしようとか発展させようなんていうことは考えるな。ただただ、今の商売をそのまま維持することのみを考えろ』と、言い伝えてきたのです。ところが何代も続くと、中には非常に商売の才能の優れた奴が出てくる。そういう奴は能力が高く、智恵も行動力もあるからいくら〝大きくしようと考えるな〞と言われても自らの才覚でどんどん新しいことに挑戦し、家業を大きくしていく。そういう奴が何代かに1人現れればそれで十分だということなのです」
これは素晴らしい智恵です。実際に二代目、三代目でむやみに事業を拡大しようとして潰れた会社がたくさんあることを思うと、これこそまさに事業のサステイナビリティにとって最も大切なことと言って良いかもしれません。ことほど左様に受け継いだ財産を守るということは難しいのです。
ただ、何代も名家の資産家などという人は世の中にはそれほどいません。したがってこの「近江商人の教え」は確かに面白い話ですし、事業や財産を維持していく上で役に立つことではあるものの、我々一般の人間が資産家になるために必要な知恵というわけではありません。したがって多くの人にとっては、このパターンはほとんど参考にはならないと考えていいでしょう。
次の②のパターンは自分で事業を興して成功する、というものです。このパターンも実際にはそれほど容易なものではありません。以前、日経ビジネスの記事で「ベンチャー企業が開業して5年後までに生き残っている割合は15%」という記事を読んだことがありました。元データが載っていなかったので、この数字が正しいかどうかはわかりませんが、私の周りでも会社は作ったけれど、鳴かず飛ばずのままに廃業してしまったというケースは何件も見てきました。
でもこれはある程度うなずける理由があります。それは財政的な問題です。ベンチャー企業を立ち上げる経営者の多くは、「金儲け」を主たる目的にしているのではないということです。どちらかと言えば、新しい製品やサービスを世に問いたい、そういう新しい商品やサービスで世の中の役に立ちたいと考える人が多いのです。私の知り合いの会計士やコンサルタントの人たちの話によれば、「ベンチャー企業の経営者は、事業意欲は強いけど、それは自分たちの作る製品やサービスを広めたいということなんです。せめてその意欲の何分の一かでも財務に関心を持ってくれたらいいのに」というケースがよくあると言います。つまり自分たちが作ったり開発したりした商品やサービスに強い愛着があり、またそれを売り込むことにはとても関心が高いものの、お金に対してはあまり関心が無く、ただお金儲けをしたいわけではないという人も多いのです。
したがって、事業が成功して資産家になったというのは、成功した結果に対する付随的なものですから、そもそも金持ちになることを目的としているわけではないと言えるのです。ということは〝億り人〞になりたいために普通の人が起業したとしても、つまり「金儲け」だけを目的にして仕事を始めてもうまくいく可能性は限りなく低いと考えるべきでしょう。なぜなら「どうしても〝これ〞がやりたい」という思い無しに起業してもまず成功するとは考えにくいからです。
そうでなくても起業というのは「強い情熱」「経営を成功させる才覚」「リスクを取る覚悟」、そして〝運〞だって大きく左右します。前述したように「もう少し財務に関心を持ってくれれば」というのも、あくまでもビジネスを成功させるためのものであって、自分の資産を増やすことが第一義的な目的というわけではありません。したがって、「資産家になりたい」ということだけであれば、このパターン、「自分で事業を興して成功する」というのもあまり参考にはならないと考えるべきでしょう。
最後、③のパターンですが、普通の人にとっては恐らくこれが一番実現性の高いやり方と言って良いでしょう。〝普通に働く〞というのはほとんどの人にとってはサラリーマンとして働くということですが、フリーランスや自営業で働いている人も同じです。第3章で詳しくお話ししますが、あくまでも〝普通に働く〞というのが大切なキーワードです。仕事をそっちのけにして株式や不動産売買で利益を得るというのは、非常に難しいと考えるべきでしょう。多くの人は株式や不動産、あるいは最近であれば仮想通貨などを頻繁に売買することでひと財産こしらえたのではないかというイメージを持っているかもしれませんが、現実に〝億り人〞になった人にはそういうケースはほとんどありません。なぜならそんなやり方をしていれば、日々まともに仕事なんかできないからです。大事なことは、〝普通に仕事をしながら〞投資をするということなのです。
とは言え、普通のサラリーマンが仕事の給料だけで億り人になるというのもかなり難しいことです。前述したように、大卒で正規社員の男性の場合の生涯賃金は平均で約2億7千万円となっています。一方、支出の方でみると総務省統計局の家計調査年報2019年版※1にある「二人以上の世帯のうち勤労者世帯の家計収支」では平均的な消費支出が32万3853円、税や社会保険料などの非消費支出は10万9504円となっていますから合計すると支出は月額43万円あまりになります。仮に大学卒業後、定年の60歳までこの金額で支出を続けるとその金額は約1億9700万円となりますから、生涯賃金との差額は7300万円となり、日常生活費以外を全部貯蓄に充てたとしても1億円には足りません。これ 以外にも非経常的な支出も入れると実際には働いて得る給料だけで億を超える純資産を作るのは、役員になるとか、あるいは出世して社長にでもならない限りかなり難しいと思われます。したがって、働きながらも得た収入から出て行く支出をできるだけコントロールし、そのお金を何らかの形で投資することは資産家になるためには必須なのです。
その具体的な考え方や方法については第3章で詳しく述べたいと思いますが、大事なのは「働く」だけでも、「投資する」だけでも資産家になるのは難しいということです。それぞれが両立できるようなやり方を考えて実行していくことが大切です。
※1「家計調査年報(家計収支編)2019年(令和元年)」(総務省統計局) https://www.stat.go.jp/data/kakei/2019np/gaikyo/pdf/gk01.pdf
※上記は参考情報であり、株式投資や債券投資、
<著者プロフィール>
大江 英樹
経済コラムニスト
野村證券で25年間にわたって個人の資産相談業務に関わった後、確定拠出年金の運営管理業務に携わる。40万人以上の確定拠出年金加入者に対して投資教育を提供してきた。長年にわたる投資教育の経験から資産運用の基本や行動経済学、シニア層のセカンドライフプランにも詳しく、独立後は、株式会社オフィス・リベルタス代表として、全国での講演や執筆などを中心に活動している。
『となりの億り人 サラリーマンでも「資産1億円」』