人間とAI(人工知能)が一体化する「オーグメンテッド・ヒューマン(拡張した人間/AH)」という技術が注目を浴びています。
先端テクノロジーの力で意図的に人体を強化・拡張することにより、人間の生活をさらに快適で豊かなものへと向上させるもので、延命効果の可能性にも期待が寄せられています。
テクノロジーの急速な進化は、現実の世界とデジタルの世界の境界線を、曖昧にしつつあります。
ひと昔前は「人間の存在意義を揺るがす脅威」と受けとめられていたAIですが、近年は感情的知性(EI)など、機械では代用できないスキルや能力が指摘されています。
それでは、EIを備えた人間がAIや拡張現実(AR)といった人工的な技術と融合すると、どうなるのでしょうか。これが、究極の「人間と機械の共存」であるオーグメンテッド・ヒューマン(AH)のコンセプトです。
AIが機械の知能の強化に焦点を置いた技術であるのに対し、オーグメンテッド・ヒューマンは、スマートフォンやセンサー、ウェアラブル、埋め込み型アプリケーションなどのデバイスやシステムを介して人間と機械を一体化させることで、人間の能力や機能を強化・拡張させる技術です。
バイオニクスやウェアラブル、拡張現実(AR)アプリケーション、脳インプラント(脳にインプラントを埋めこみ外部の装置を操作する)などの先端技術によって、人間はこれまで不可能だったパワーやスピード、精度で見たり、感じたり、聞いたり、覚えたりすることができるようになりました。
知覚・認知から身体のシステムまで、広範囲な能力を拡張の対象としており、脳や五感、筋肉など身体機能の低下や欠損を補うだけでなく、人間の限界を超越した能力を作り上げることもできると考えられています。
乗馬を思い浮かべると、わかりやすいかもしれません。馬を上手に乗りこなしている時は、まるで自分の体が馬と一体化したように感じます。当然ながら自分の足で走るより、はるかに早いスピードで移動できます。「自分の体以外のものとの一体になることで、自分一人の力では達成できない結果を得る」ことが、AHの感覚と言えるでしょう。
AH技術は、すでに様々な分野において人間に身近な存在になっています。
特に医療・リハビリ分野における発展が目覚ましく、遺伝子編集や延命技術、電子義足や人工内耳、3Dプリント皮膚、デジタルピル(錠剤)などで革新的なアイデアが続々と登場しています。
たとえば、脊髄損傷者用歩行アシスト装置ReWalk(リウォーク・ロボテクス社)やEkso(エクソバイオニクス社)に代表されるリハビリロボットは、病気や事故が原因で車いすでの生活を余儀なくされている人の歩行をサポートするだけではなく、一人暮らしの高齢者が自立した生活を送るためのサポートや、肉体労働者やスポーツ選手の持久性の向上にも役立っています。
延命やアンチエイジング技術の進化により、将来は平均寿命が数十年伸びる可能性も十分考えられます。
AHは、GoogleのCEOであるエリック・シュミット氏が2010年に考案した言葉ですが、「人体を意図的に増強する」というAHの構想そのものに関しては、長年にわたって研究が続けられてきました。
近年はAH市場の拡大を見込み、多くの企業が研究・開発に取り組んでいます。
Googleは、糖尿病患者の血糖値を検出する「Verilyコンタクトレンズ」の特許を取得しているほか、スピンアウトしたアンチエイジング研究企業のカリコを通して不老不死の研究を行っています。
ロレアルやドイツの総合化学メーカーBASFは、化粧品のテスト用として3Dプリントによる人間の皮膚組織を開発中です。デジタルヘルス企業プロテウスが開発したセンサー内蔵ピルは、結腸直腸癌患者の治療とモニタリングに利用されています。
LabsやMymanuといったテックスタートアップも、音声認識を使用しリアルタイムで言語を翻訳するスマートイヤーピースを開発するなど、すでにスタートアップ同士の競争も始まっています。
人間単体、あるいはAI単体では達成できない領域へと人間を進化させるAHは、今後さらなる進化を遂げ、私たちの生活を現在とはまった違うものに変えていくかもしれません。