アメリカの関税政策と株・金利・為替の見通し【ニュースから投資を学ぶ! 木下智夫の世界経済のミカタ】


インベスコ・アセットマネジメントのグローバル・マーケット・ストラテジストである木下智夫が「アメリカ大統領選後のアメリカ株式の見方」について解説します。

今回は、話題のトランプ政権による関税策と、それによる海外の株式市場と、金利・為替の見通しについて伺っていきたいと思います。

トランプ政権の追加関税策の目的とは?

Q:トランプ政権が中国からの全ての輸入財に10%の追加関税をかけたり、鉄鋼アルミニウムへの追加関税をかけたり、あるいはヨーロッパにも25%の関税をかけるというニュースを見て、日本にとっても他人事じゃないかもしれないと感じたのですが、こういったニュースは、投資にどう影響すると考えればよいでしょうか?

まず、今回の追加関税策について整理してみましょう。トランプ政権は発足後間もない段階でカナダ、メキシコへの25%の追加関税、中国への10%の追加関税を課す方針を明らかにしました。カナダ、メキシコはアメリカへの移民を防ぐ政策などの面で譲歩したことから、アメリカは関税の実施を1か月延期することを決めましたが、中国向けの関税は予定通り実施されました。

トランプ政権による今回の追加関税策は、アメリカ製造業の競争力の低下やそれに伴う貿易赤字の悪化を反転させ、製造業における雇用の拡大を目指しているようです。私は、この問題を理解するには、追加関税を巡る議論から一歩下がって、より大きな視点で問題をとらえる必要があると感じています。

Q:より大きな視点、ですか?

アメリカが貿易収支の赤字縮小を目指して今回のような政策を実行することは、歴史的にみると必然であったように思います。アメリカの国際収支の推移をGDP比でみたものをご覧ください。

赤い部分が経常収支ですが、これを改善させる必要に迫られた時、アメリカの政策当局者が通商・通貨政策を大きく転換するなどして、それが経常収支の改善につながってきたことがわかります。

具体的には、1971年 ニクソン・ショック、1985年 プラザ合意、2008年 リーマンショックの時の3回です。そして2025年現在、アメリカの経常収支の赤字は拡大して、政策対応が迫られる領域に入ってきました。2023年の経常赤字はGDP比3.3%でしたが、2024年1-9月期は3.9%でした。この水準は、1985年のプラザ合意時を上回っています。

Q:今はアメリカにとって、経常収支を反転させる必要がある時期で、そのために追加関税を課し始めた、ということなのですね。

はい、そのとおりです。ただ、今回の追加関税策はインフレ率を上昇させてしまう影響があるため、利下げの停止や景気減速のリスクを伴います。

グローバル金融市場における追加関税策の受け止め方

Q:景気を失速させないためにアメリカは利下げを進めているのですよね? そんなことをしてアメリカ経済は大丈夫なのでしょうか?

はい、トランプ政権にとっても、インフレ率の上昇や利下げの停止に伴う景気減速は困ります。しかし、トランプ政権は追加関税策を「交渉の道具」として使うことで、インフレ懸念を避けながら、相手国に対して以下のような「ディール」を目指していると想像できます。

1つめは相手国によるアメリカ製品の輸入増額、2つめは相手国企業による対米直接投資の増加や、それによるアメリカ向け輸出の減額です。

このような「ディール」による合意であれば、アメリカのインフレ押し上げ効果は限定的ですし、さらに、アメリカ製造業にとっては、輸出で有利になったり国内で競合が少なくなったり、大きなプラス影響を享受できます。

以上のポイントを踏まえると、グローバル金融市場における追加関税策の受け止め方が、初期段階は「追加関税の乱発によるアメリカのインフレリスクの折り込み」から、次第に 「追加関税をてこにしたアメリカと貿易相手国間のディールによるインパクトの折り込み」へと徐々に変化していくと予想しています。

なお、このあたりの詳しい解説は、「過去半世紀の歴史に学ぶ、米追加関税策の本質」をぜひご覧ください。

Q:追加関税策によってインフレリスクが懸念されていますが、徐々に中国をはじめとした諸外国との交渉が市場に影響を与えていきそう、ということですね。

追加関税の方は、国別での追加関税と分野別の追加関税が両方重なるような形で実施されていきますので、なかなか複雑です。アメリカが納得するような形でディールが結べなければ、追加関税が続きます。トランプ政権は4月の初めから追加関税についてのより明確な方針を公表するとみられますが、これが金融市場にインパクトをもたらしていくと考えられます。

日本円、ユーロ、ポンドの対ドルの動きは?

Q:金融市場へのインパクトとは具体的にはどのような形で出てくるのでしょうか?

グローバル金融市場では、潜在的なインパクトをすでに織り込みはじめているようです。特に重要なのは、トランプ氏の就任前にはインフレ懸念によって上昇していたアメリカの長期金利が、トランプ大統領の就任以降、低下基調に変わってきている点です。

追加関税ではなくて、最終的にはディールが目指されているとの見方が強まり、インフレに対する警戒感がやや低下してきたことが、長期金利の低下につながったとみられます。直近でアメリカ景気の減速に対する懸念がでてきたことも、長期金利の低下に寄与したと考えられます。

Q:アメリカの長期金利が低下するとドル安になりやすいのでしょうか?

それはグッドポイントですね。先進国の金融市場では、長期金利が上昇する国の為替レートは上昇しやすくなります。トランプ大統領の就任時点までは、長期金利の上昇に伴ってドル高傾向が続いていましたが、長期金利の低下に伴ってドル高トレンドがドル安トレンドに変化してきました。

日本円、ユーロ、ポンドといった主要通貨はどれをとっても対ドルで上昇してきています。ただ、その中でも円の上昇が目立っていますね。これは、日本銀行が政策金利を引き上げることに対してより積極的な姿勢をみせてきたためです。

一方、ユーロ圏の中央銀行である欧州中央銀行、ECBはこれまで利下げを積極的に推進してきましたが、今後も利下げ方向で継続する姿勢を明確にしています。これが円に対してユーロが弱めである背景です。ポンドについても、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行が今後利下げをすすめるという見方が金融市場で強いことから、円よりも弱めの動きとなっています。

Q:金利や為替は今後どう動いていくのでしょうか?

トランプ政権が追加関税策について、よりはっきりした方針を打ち出す4月以降にさまざまな動きが出てくると思います。アメリカの金利はピークからかなり低下してきましたが、4月以降にトランプ政権が広範囲な追加関税策を打ち出すタイミングでインフレ懸念が再び強まり、長期金利の上昇とドル高につながる可能性があると思います。しかし、その後各国とディールが締結されるという見方が強まれば、長期金利が再び低下し、ドル安の動きに戻ってくるとみています。

Q:続いて各国の株式の見通しについても教えていただけますか。

これから締結されるディールは、多くのアメリカ企業の業績にプラスになる政策ですので、トランプ政権の政策は、アメリカ株には全体として前向きの動きをもたらすと考えられます。

しかし、アメリカ以外の、ヨーロッパや中国、日本といった地域の輸出型企業の業績にはマイナスとなるリスクがありますので、この先1~2か月の株式市場をみるうえでは、景気の動きだけではなく、トランプ政権の通商政策の動きにも注目していく必要があると思います。

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