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目次
要旨
植田総裁は引き締め開始後の政策に言及
日本銀行は、1月22~23日の金融政策決定会合において、現行の金融政策を変更しないことを決定しました。私は、植田総裁の記者会見での発言は、今後の引き締め策実施に伴う「地ならし」的なものが多く、その意味において金融緩和の出口が近づいていることを強く印象付けるものであったと思います。
引き締め開始のタイミング—4月のマイナス金利解除を予想
1月会合での日銀のコミュニケーションと金融市場における織り込みをふまえて、日銀が4月会合においてマイナス金利を解除するとともに、YCC(イールドカーブ・コントロール)政策についても、撤廃あるいは大幅に修正するとの予想に変更します。マイナス金利が撤廃される場合、日銀当座預金に適用される金利の水準をこれまでの-0.1%から+0.1%に引き上げるという考え方が軸になると思われます。
4月会合で日銀が政策転換しないリスク
日銀が4月会合で引き締め政策に転換できないリスクとしては、現在から4月会合までに、①米国景気のリセッション入りが視野に入って日本経済への悪影響が想定されるリスク、➁日本の内需が停滞してしまうリスク、➂春闘での賃上げが前年よりもかなり下回ってしまうリスク―を挙げることができますが、現時点ではどれもテールリスクと評価されます。
植田総裁は引き締め開始後の政策に言及
日本銀行は、1月22~23日の金融政策決定会合において、現行の金融政策を変更しないことを決定しました。この点は市場の想定通りでしたが、最新の展望レポートにおいて、「先行きの不確実性はなお高いものの、こうした見通し⦅基調的なインフレ率が2025年度にかけ、物価安定の目標に向けて徐々に高まっていくという見通し⦆が実現する確度は、引き続き、少しずつ高まっている」という表現が盛り込まれたことは、金融緩和の出口が近づいていることを強く印象付けました(⦅⦆内は私が加えました)。
植田総裁が、記者会見において、金融引き締め開始後の政策について、これまでよりも具体的な姿に言及した点も、金融引き締めが近づいていることを示唆すると同時に、2007年以降、16年ぶりとなる金融引き締め措置を実施するうえで、金融市場関係者の懸念を払しょくすることを狙いとしていたように思えます。とりわけ、現時点での物価・金融・経済見通しを前提とすると、「大きな不連続が発生するような政策運営は避けられる」という植田発言は重要です。長期国債の買い入れ政策についても出口のところで不連続が発生することがないようにしたいという発言は、マイナス金利解除後も日銀が長期国債の積極的な買い入れを継続することを示唆しているように思えます。金融引き締め政策への転換は、債券市場において、長期金利が大きく上昇するのではという懸念を高めやすい面がありますが、この発言は、日銀として長期金利の過度な上昇を抑制する方向性を示すことで、債券投資家を安心させる意図があったと言えるでしょう。
同様に、株式ETFについて、2%の達成が見通せる状況になった時点で、引き続き買うかどうかについて検討するものの、購入した株式を売却する意図はないとの植田発言も、株式市場に懸念をもたらさないようにとの意図があったように思われます。一方、マイナス金利解除後の連続利上げについて、植田総裁は、現在見えている経済の姿からすると、解除後も極めて緩和的な金融環境が当面続くことに言及しました。今回公表された展望レポートで示された2024年度、2025年度のコアコアCPI(生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価指数)上昇率の見通しは共に1.9%でした。利上げが物価を抑制する効果をもたらすものであることをふまえると、マイナス金利解除後、次々と利上げが実施される状況は想定できません。
ところで、黒田前総裁時代は、金融緩和政策の実施が軸であったことから政策を「サプライズ」的に実施することが可能でしたが、金融引き締め政策に踏み込もうとしている現在の日銀にとって、「サプライズ」的な引き締め政策の実施は金融市場や実体経済に負のインパクトをもたらすリスクが大きいと考えられます。今回の会合において植田総裁が行った「地ならし」は今後の引き締め策実施に伴う「サプライズ」を回避する意味があったと考えられます。
引き締め開始のタイミング—4月のマイナス金利解除を予想
次に、日銀による引き締め開始のタイミングについて考えたいと思います。日銀の金融政策についての考え方を知るうえでは、植田総裁が昨年12月26日にNHKとの単独インタビューに応じた時の内容が参考になります。植田総裁は、当面の注目ポイントとして、①2024年の春の賃金改定、➁賃金の動きがサービス価格にどう反映されていくか―という2点を挙げました。1月会合後の記者会見でも、植田総裁は、これらに言及しています。植田氏は、これまで、「賃金と物価の好循環」の中で2%インフレの持続的・安定的な達成への確度が上がれば引き締め方向への政策変更に踏み切るという立場を表明してきました。NHKとのインタビューでは、①について、「はっきりとした賃上げ」が望ましいと改めて言及したうえで、「はっきりとした賃上げ」の意味について、2023年春と同じか、それを少し上回るくらいの賃上げが決定されることを意味すると述べました。➁については、直近で公表された2023年12月分の消費者物価統計において、サービス価格上昇率が前年同月比で2.2%と5カ月連続で2%以上を記録したことをふまえると、サービス価格上昇率が今後はっきりと落ち込まない限りは、日銀の政策変更に妨げにはならないと考えられます。
これらをふまえると、春闘での賃上げが「はっきりとした」ものになれば、日銀として金融引き締め政策に転換する可能性が高いと考えられます。植田総裁は、このNHKとのインタビューで、「2%をオーバーしてどんどん際限なく上がっていくというリスクも高くないと見ています。焦っているという気持ちはないです」と述べました。焦って引き締め措置に踏み込まないという立場を明確にしている日銀としては、春闘での「はっきりとした賃上げ」が視野に入る4月25~26日会合のタイミングで、引き締め措置に踏み込む可能性が高いと判断されます。3月18~19日実施の日銀会合は、3月中旬に想定されている春闘の集中回答日よりも後のタイミングで実施される公算が大きいと考えられますが、この段階で春闘の交渉が妥結している企業は比較的少数であり、日銀として交渉が終わっていない企業・労働組合による交渉への悪影響が及ばないよう、4月会合まで待ったうえで引き締め措置を採用するのが得策でしょう。
4月会合で実施される引き締め措置の内容としては、1月10~15日時点でのブルームバーグによるサーベイでは、調査対象となったエコノミスト・ストラテジストの59%がマイナス金利政策の解除を見込んでいます。金融市場では日銀のマイナス金利解除が既におおむね織り込まれていることから、4月に日銀がマイナス金利政策を解除したとしても、それが金融市場の動揺をもたらす可能性は低い状況です。私はこれまで4月会合での日銀の政策変更内容として10年国債金利の誘導目標の「0%程度」からの引き上げのみを想定していましたが、市場の大勢が4月会合での引き締めを期待していることや、1月会合で日銀が引き締めに向けての地ならし的なコミュニケーションをしたことをふまえ、日銀は4月会合においてマイナス金利を解除するとともに、YCC(イールドカーブ・コントロール)政策についても、撤廃あるいは大幅に修正するとの予想に変更します(図表1)。YCC政策を撤廃する場合には、日銀が長期国債の買入れ額についての何らかのコミットメントを行う可能性がある一方、大幅修正をする場合には、10年国債金利についての「0%程度」という誘導目標を撤廃したうえで、1%という上限の目途だけを残す、という方向性が想定されます(図表2)。
マイナス金利が撤廃される場合、日銀当座預金に適用される金利の水準をこれまでの-0.1%から+0.1%に引き上げるという考え方が軸になると思われます。2016年1月にマイナス金利が導入される前は付利水準が+0.1%に設定され、オーバーナイト物無担保コールレートはおおむね0~+0.1%の間で変動していました。4月会合でのマイナス金利解除後の日銀による短期金利コントロールは、2016年1月のマイナス金利導入直前のやり方に戻すことになるのではと想像されます。マイナス金利の解除に伴って、当座預金残高の階層構造(政策金利残高、マクロ加算残高、基礎残高の3つの階層)は一本化されると見込みます。
4月会合で日銀が政策転換しないリスク
日銀会合の翌日(1月24日)の金融市場では、植田総裁の記者会見でのタカ派的な発言によってマイナス金利解除が近いうちに実施されるとの見方が強まり、日本の10年国債金利が0.712%まで上昇しました。私は、10年国債金利が2024年末に0.8~1.2%のレンジに入るという、従前の見通しを維持します(当レポートの1月5日号『2024年の日本金融市場見通し』をご参照ください)。
他方、日銀が4月会合で引き締め政策に転換できないリスクとしては、現在から4月会合までに、①米国景気のリセッション入りが視野に入って日本経済への悪影響が想定されるリスク、➁日本の内需が停滞してしまうリスク、➂春闘での賃上げが前年よりもかなり下回ってしまうリスク―を挙げることができます。ただ、これらはどれもテールリスクと位置づけられます。足元での米国景気はなお民間消費を軸に堅調さを保っており、すぐに米国景気が大きく悪化するとは思えません。米国景気の減速が緩やかなものにとどまる場合には、日本における「賃金と物価の好循環」への悪影響は限定的と見込まれます。日本の内需については、能登半島地震による影響がリスクとなります。被災地での状況は厳しく、被災地での一時的な経済活動の停滞は避けられそうにありません。被災地や被災者の方々に思いを寄せる全国の消費者が今後積極的な消費に対して短期的に後ろ向きになる可能性もあります。私は一日も早い被災地における経済活動の正常化を祈っていますが、正常化が軌道に乗れば、日本経済への悪影響が長期化するリスクは小さいと考えています。
木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト
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MC2024-011