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アフター・コロナの時代を考える

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要旨

デジタル・トランスフォーメーションの加速

コロナウイルスの感染問題が終息した後のグローバル経済が、問題発生前の状況にそのまま戻るわけではないとの見方が強まってきました。今後予想される最も大きな構造変化がデジタル・トランスフォーメーションの加速です。アフター・コロナの時代でも、企業は在宅勤務のための社内インフラ整備やデジタル技術を活用した業務改善に積極的に取り組んでいくと見込まれます。政府部門や教育部門でも同様の動きが強まっていき、社会の在り方が変貌していくと考えられます。こうした変化を先導していくテクノロジー関連銘柄は中長期的にも有望であると考えられます。

所得格差の広がり

企業がデジタル・トランスフォーメーションを加速させる局面では多くの分野での働き方に大きな変化が起こり、これまでより速いペースで所得格差が広がる可能性が高いとみられます。

財政規律の緩みが継続

所得格差の拡大と失業者の増加により、先進国の政府の多くは、コロナウイルス問題への緊急対応が終わった後も、比較的大規模な財政赤字を余儀なくされるとみられます。

財政赤字拡大が長期金利上昇につながるかどうかは金融政策次第

財政赤字の拡大はそれ自体としては長期金利の上昇につながる要素ですが、主要先進国においてコロナウイルス問題終息後に実際に長期金利に上昇圧力がかかるかどうかは金融政策次第です。日本ではイールドカーブ・コントロール政策の継続によって長期金利の安定が予見されますし、米国でもFRBが長期金利の急上昇を回避する政策を実施するとみられます。その一方で、ユーロ圏については、複数の国の長期金利(長期国債利回り)を全てコントロールすることは現実的ではなく、イールドカーブ・コントロール政策導入のハードルは高いとみられます。このため、ユーロ圏各国の長期金利は財政などの状況を反映しやすく、特にイタリアやスペインなど欧州周辺国の長期金利はある程度上昇しやすい点には注意が必要です。

コロナウイルスの感染拡大は、世界の主要国においてかつてないスピードでの景気悪化をもたらしています。FRB(米連邦準備理事会)をはじめとする各国当局のこれまでにない積極的な政策対応もあり、グローバル金融市場は安定化の方向に動いています。そうしたなかで、コロナウイルスの感染問題が終息した後のグローバル経済が、問題発生前の状況にそのまま戻るわけではないとの見方が強まってきました。本稿では、日米欧などの先進国経済を念頭に置き、コロナウイルス終息後の経済構造の変化について考えてみたいと思います。

デジタル・トランスフォーメーションの加速

 多くの識者が注目し出している構造変化が、「デジタル・トランスフォーメーションの加速」です。現在多くの国では、感染拡大を防ぐために政府によるロックダウンや外出自粛要請が行われており、大部分の企業は従業員のテレ・ワークによる在宅勤務比率を高めるため最大限の努力を行っているとみられます。しかし、この取り組みの成果には産業分野や企業による大きな差異があり、特に、多くの中小企業では、大企業に比べると在宅勤務率が低めにとどまっているとみられます。これらの企業は、今後、コロナウイルス問題が終息したとしても、同様の問題が再度起きるリスクを重視して在宅勤務率を引き上げようと継続的に努力をするのではないでしょうか。また、在宅勤務率の高い企業も、今回の経験に基づいて、デジタルの技術を使ってより生産性の高い業務体制の構築を図っていくと思われます。この結果、ここ数年続いていたデジタル・トランスフォーメーションが加速していくと考えられます。

 このトレンドは企業分野に限りません。コロナウイルス危機とも呼べる今回の経済危機にあって、各国政府は景気悪化を抑えるための対策をできるだけ速く実行しようとしていますが、オンラインなどでの給付金や融資等の申請を積極的に受け付けて処理する欧州各国の政府に比べて、デジタル化に遅れる日本政府の対応の遅さが目立っています。コロナウイルス問題の終息後には、デジタル技術を用いて迅速に対応できた政府のやり方を他の国々が学び、同様のデジタル対応を進める動きが広がるのではと考えられます。

 大学など高等教育の分野でも、コロナウイルス危機の中、日本など一部の国ではデジタル化投資の遅れが目立っています。米国では、多くの大学がコロナウイルス問題の発生に伴い、全ての授業をオンライン化することで授業を継続しています。これに対して、日本ではコロナウイルス危機の中で全ての授業をオンラインで実施する体制に迅速に移行できた大学は多くなかったとみられます。日本の高等教育が必ずしも世界の先端に位置していないことは今に始まったことではありませんが、コロナウイルス問題の終息後には、必要が生じた際に全面的にオンライン授業を実施できる体制の構築が進められるはずであり、初等・中等教育における動きと合わせて、デジタル・トランスフォーメーションを後押ししていくとみられます。そもそも大学などの高等教育機関には企業など社会全体の動きを先導していく役割も期待されています。高等教育の現場でデジタル技術の活用に習熟した学生が増えれば、それらの学生が就職先企業でのデジタル・トランスフォーメーションに貢献する姿も想定できるでしょう。

 グローバル株式市場においては、ロックダウンなどの措置による悪影響を比較的受けにくいテクノロジー銘柄の株価の戻しが目立っていますが、コロナウイルス終息後もデジタル・トランスフォーメーションが加速するのであれば、こうした傾向は一時的なものにとどまらず、中長期的な視点からもテクノロジー銘柄は有望であると考えられます。

所得格差の広がり

 デジタル・トランスフォーメーションの加速と共に生じるとみられる重要な変化が「所得格差の広がり」です。企業がデジタル・トランスフォーメーションをこれまで進めてきたのは、効率的にモノやサービスを生産し、イノベーションを起こすためでした。コロナウイルス終息後にデジタル・トランスフォーメーションが加速する局面では、これまでの多くの技術変革期と同様、多くの分野での働き方に大きな変化が起こり、新しい職業が誕生するとともに、失われる職業が出てくると考えられます。多くの先進国社会では、直近の10年間で所得格差が広がりましたが、コロナウイルス終息後は、より速いペースで格差が広がる可能性が高いと考えられます。

 この問題を深刻化させてしまいかねないのが、コロナウイルス問題による失業問題です。米国では新規失業保険申請件数が急増しており、失業率が急上昇しているとみられます。ロックダウンや外出自粛要請期間が長引けば、米国の状況はさらに悪化、欧州や日本でも失業問題が深刻化するとみられます。この場合、コロナウイルス問題が終息しても、企業のマインドの回復は緩慢となり、失業率の低下が遅れることで、所得格差がさらに広がるリスクが高まります。

財政規律の緩みが継続

 所得格差の広がりに対する各国の政治的対応としては、高所得層向けの増税を行う一方で、低所得層にはより手厚い支援策を講じることが考えられますが、多くの国において増税は政治的なハードルが高く、コロナウイルスが終息して数年経ち、景気がより安定的に拡大する局面に入る前に増税を実施することは困難とみられます。一方、失業問題などの存在により、各国経済はコロナウイルス終息後に比較的低い経済成長軌道をたどる可能性が高く、歳入の増加も限定的とみられます。その結果として、多くの先進国において、コロナウイルス問題が終息した後も財政規律が緩んだ状態が継続すると見込まれます。

 主要各国は、コロナウイルス危機に際して緊急対応としての財政出動を実施し、財政赤字を拡大させています。コロナウイルス終息後には緊急対応は終了することになりますが、財政規律が強い国であってもGDP比でみた財政収支をコロナウイルス前の水準にまですぐに改善させるのは難しいと思われます。米国では民主党の大統領候補に指名されることが確実視されるジョー・バイデン候補は法人税の増税や高所得者向けの増税を主張していますが、バイデン氏は住宅やインフラ・ヘルスケア分野等での歳出拡大を同時に目指しており、仮にバイデン大統領が誕生したとしても米国の財政赤字がコロナウイルス問題前の水準にすぐに改善するとは考えられません。

財政赤字拡大が長期金利上昇につながるかどうかは金融政策次第

 主要先進国において財政赤字が中期的に拡大するなら、長期金利にも上昇圧力がかかります。これが本当に長期金利の上昇につながるかは、中央銀行の政策次第です。1990年代であれば、財政赤字拡大が長期金利上昇圧力を生むことが自明の理でした。しかし、グローバル金融危機を経て、先進国の主要中央銀行は量的緩和策を導入し、必要に応じて長期金利に対して働きかけていく方針へと姿勢を変化させていきました。

 日本銀行の場合は、既に10年金利をゼロ%程度で安定させる立て付けでイールドカーブ・コントロール政策を導入していることから、政府が財政赤字を増やしたとしても、インフレ率が目標である2%に到達することが視野に入らない中、実際の長期金利の上昇を容認するとは思えません。

 米国の場合は、FRBが3月23日に米国国債・モーゲージ担保証券(MBS)を無制限に購入する政策の導入に踏み切って以降は、緊急的な措置として、事実上のイールドカーブ・コントロール政策を実施しています(当レポートの4月8日号『事実上のYCC政策に足を踏み入れたFRB』をご参照ください)。FRBは、コロナウイルス終息後、市場で長期金利が決定される体制への回帰を図るとみられるものの、コントロールを外したとたんに長期金利が急上昇したのでは景気の足を引っ張ってしまい、2%のインフレ目標達成が遠のきます。こうした状況下で、私はFRBが①長期金利が急上昇しないように債券購入額を定めて、徐々に市場メカニズムを働かせる、➁イールドカーブ・コントロール政策を本格的に導入する―という2つの選択肢のうちどちらかを実施するのではないかと考えています。

 ユーロ圏については、ECB(欧州中央銀行)がユーロ圏域内の全ての国の長期金利(長期国債利回り)をコントロールすることは現実的ではなく、イールドカーブ・コントロール政策導入のハードルは高いとみられます。コロナウイルス問題終息後は、ECBがユーロ圏全体の景気の動きをみながら債券の購入額を決めて量的緩和政策を行う中、市場では各国の財政状況や格付けを反映して長期金利が決定されるという現在の姿が維持されると見込まれます。ただし、イタリアやスペインなど財政規律が緩みやすい国の国債利回りが大きく上昇する際には、OMT(Outright Monetary Transactions)などより強力な国債購入プログラムを発動して国債利回りの急上昇による景気への悪影響を抑制する手段が講じられる可能性が出てくるでしょう。総じて、ユーロ圏では、日米に比べて中央銀行が長期金利をコントロールする度合いが小さく、その分長期金利が上昇しやすいと考えられます。

木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト

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