失業保険は2017年に改正されてから、65歳以上の高年齢被保険者も支給対象になりました。一般の被保険者とは仕組みが異なり、64歳で受けとるか65歳で受けとるかによって失業保険の支給額は変わります。
本記事では失業保険の仕組みに加えて、64歳と65歳の受給額の違いやシミュレーション結果をまとめました。退職時期を悩んでいる人に向けて、失業保険を長く受けとる方法について解説します。
目次
64歳11ヵ月で退職をすると、失業保険の基本手当と老齢年金を同時に受けとれます。64歳0ヵ月では基本手当のみになり、65歳以上になると基本手当が高年齢求職者給付金に代わるため、退職時期によっては損をするかもしれません。
本記事では3つのパターンに分けて、退職から半年間受けとれる金額を比較しました。
64歳0ヵ月で退職:101万2,500円
64歳11ヵ月で退職:188万2,500円
65歳0ヵ月で退職:120万7,500円
(※退職前の賃金や加入期間などの条件については、後述を参照。)
なお、実際にはボーナスの時期や退職金なども関わってくるため、必ずしも64歳11ヵ月での退職がお得になるとは限りません。損をしたくない場合は、失業保険や厚生年金の仕組みを理解した上で、細かくシミュレーションをすることが必要です。
失業保険で受けとれるお金は、失業認定を受けた日の年齢によって変わります。
64歳以下の被保険者については、賞与を除いた賃金から計算される「基本手当」が支給されます。一方で、65歳以上の被保険者には「高年齢求職者給付金」が支給されており、基本手当とは受給期間が異なります。
基本手当と高年齢求職者給付金は、同時期に両方を受けとることはできません。そのため、失業保険は65歳と64歳のどちらの年齢で受けとるかによって、支給総額が変わります。
ここからは基本手当と高年齢求職者給付金に分けて、それぞれの仕組みや受給条件について解説します。
失業保険の基本手当は、失業中の求職活動を支援するために支給されるお金です。通常、支給期間は90日~360日の間で決められ、雇用保険の加入期間や年齢、離職理由などによって変わります。国による社会保障のひとつで、基本手当を受けとるには下記の条件を満たさなければなりません。
<基本手当の受給条件>
・ハローワークで求職の申し込みをしていること
・本人に就職する意思があること
・離職日以前の2年間に、雇用保険の被保険者期間が通算12ヵ月以上あること
支給額については、「賃金日額×給付率(50~80%)」の式で日額が計算されており、賃金が少ない人ほど給付率が上がる仕組みになっています。
賃金日額:「離職日以前6ヵ月の賃金合計額÷180」の式で計算される。
給付率:賃金日額や離職時の年齢によって変動する。
参考:厚生労働省「雇用保険の基本手当(失業給付)を受給される皆さまへ」
なお、基本手当の日額には年齢区分に応じた上限額があるため、実際の計算結果から受給額が減らされる可能性もあります。
受給時の年齢 | 基本手当日額の上限額 |
---|---|
30歳未満 | 6,945円 |
30歳~45歳未満 | 7,715円 |
45歳~60歳未満 | 8,490円 |
60歳~65歳未満 | 7,294円 |
(※2024年3月現在)
仮に64歳の人が基本手当日額の上限額を受けとる場合は、28日間で20万4,232円が支給されます。
高年齢求職者給付金は、失業保険に加入している65歳以上の高年齢被保険者が、基本手当の代わりに受けとれるお金です。下記の条件を満たしている場合は、失業時に最大50日分(※)の基本手当相当額を受けとれます。
(※)雇用保険の加入期間が1年未満の場合は30日分。
<高年齢求職者給付金の受給条件>
・ハローワークで求職の申し込みをしていること
・本人に就職する意思があること
・離職日以前の1年間に、雇用保険の被保険者期間が通算6ヵ月以上あること
支給額の計算方法は基本手当と同じですが、高年齢求職者給付金は所定給付日数がやや短い傾向にあります。
失業保険の総支給額は、64歳と65歳でどれくらい変わるのでしょうか。ここからは同じ賃金や給付率、加入期間を設定して、64歳と65歳で失業保険を受けとるシミュレーションを行いました。
シミュレーションを進める前に、60歳以上の人が離職した場合の給付率や、賃金などの前提条件を整理しておきます。
賃金日額 | 給付率 |
---|---|
2,746円~5,110円未満 | 80% |
5,110円~1万1,300円 | 45%~80% |
1万1,300円超~1万6,210円 | 45% |
1万6,211円超 | 上限額を適用 |
(※給付率は2024年3月時点)
(参考:厚生労働省「雇用保険の基本手当(失業給付)を受給される皆さまへ」)
<シミュレーションの前提条件>
退職日:2024年7月1日
2024年の賃金:毎月45万円
2024年の賞与:6月に1.5ヵ月分を支給
雇用保険の加入時期:2000年1月
受給資格:一般(※)
(※)特定受給資格者や一部の特定理由離職者は、一般の受給者よりも所定給付日数が長くなる。
ご自身の総支給額を確認したい場合は、上記の賃金や加入時期などを調整しながら、同じ流れでシミュレーションをしてみてください。
64歳で退職した人が失業保険を受けとる場合は、基本手当が支給されます。前述の通り、基本手当は賃金日額を算出し、その金額に給付率を乗じる流れで計算します。賞与等については賃金日額に含まれないため、離職日以前の6ヵ月以内に支給されたとしても、基本手当日額には影響しません。
<賃金日額の計算>
離職日以前6ヵ月の賃金合計額÷180=賃金日額
(45万円×6ヵ月)÷180=1万5,000円
<基本手当日額の計算>
賃金日額×給付率=基本手当日額
1万5,000円×45%=6,750円
次に、一般の受給者に適用される所定給付日数を確認します。
雇用保険の加入期間 | 所定給付日数 |
---|---|
10年未満 | 90日 |
10年~20年未満 | 120日 |
20年以上 | 150日 |
(参考:ハローワークインターネットサービス「基本手当の所定給付日数」)
今回のシミュレーションでは、雇用保険の加入期間が20年を超えているため、基本手当の支給総額は以下のように計算できます。
<基本手当の支給総額を計算>
基本手当日額×所定給付日数=基本手当の支給総額
6,750円×150日=101万2,500円
なお、基本手当の支給を受けている間にやむを得ない理由(※)で働けなくなった場合は、最長3年間まで受給期間が延長されます。
(※)病気、けが、妊娠、出産、育児など。
65歳になってから退職をすると、失業保険では高年齢求職者給付金が支給されます。高年齢求職者給付金の日額は、基本手当と同じ流れで計算できます。
<高年齢求職者給付金の日額を計算>
賃金日額×給付率=高年齢求職者給付金の日額
1万5,000円×45%=6,750円
所定給付日数については、雇用保険の加入期間が1年以上の場合は50日、1年未満の場合は30日として計算します。今回のシミュレーションでは50日が適用されるため、支給総額は以下となります。
<高年齢求職者給付金の支給総額を計算>
基本手当日額×所定給付日数=高年齢求職者給付金の支給総額
6,750円×50日=33万7,500円
なお、高年齢求職者給付金には受給期間の延長制度がありません。仮にやむを得ない理由で就職ができなかったとしても、所定給付日数は30日または50日が最大となります。
失業保険の基本手当を受給していると、65歳未満を対象にした老齢年金(特別支給の厚生年金など)の支給は停止されます。一方で、通常の厚生年金は基本手当との同時受給が認められているため、64歳11ヵ月(65歳になる直前)で退職をすると、支給総額を増やせる可能性があります。
<退職のタイミングによる違い>
64歳0ヵ月で退職:65歳になるまでは基本手当のみ
64歳11ヵ月で退職:基本手当と厚生年金を同時受給
65歳0ヵ月で退職:高年齢求職者給付金と厚生年金を同時受給
ここからは以下の条件で、失業保険の適用を受けてから半年間の受給金額を比較してみます。
<シミュレーションの前提条件>
2024年の賃金:毎月45万円
雇用保険の加入期間:20年以上 受給資格:一般
失業保険の受給開始:退職から1ヵ月後
老齢年金:月14万5,000円
64歳0ヵ月で退職すると、1年間で受けとれるのは基本手当のみです。したがって、半年間で受けとれる金額は、以下のように計算できます。
<基本手当日額の計算>
賃金日額×給付率=基本手当日額
(45万円×6ヵ月)÷180×45%=6,750円
<基本手当の支給総額の計算>
基本手当日額×所定給付日数=基本手当の支給総額
6,750円×150日=101万2,500円
64歳11ヵ月で退職すると、65歳になったタイミングで基本手当と老齢年金を同時に受けとれます。基本手当については、64歳0ヵ月で退職した場合と同額になるため、半年間で受けとれる金額は以下となります。
<半年間で受けとれる金額>
基本手当+老齢年金=半年間で受けとれる金額
101万2,500円+(14万5,000円×6ヵ月)=188万2,500円
前述の通り、高年齢求職者給付金の日額は基本手当と同じになります。したがって、半年間で受けとれる金額は以下のように計算できます。
<高年齢求職者給付金の支給総額の計算>
基本手当日額×所定給付日数=高年齢求職者給付金の支給総額
6,750円×50日=33万7,500円
<半年間で受けとれる金額の計算>
高年齢求職者給付金+老齢年金=半年間で受けとれる金額
33万7,500円+(14万5,000円×6ヵ月)=120万7,500円
半年間で受けとれる金額を比較すると、64歳11ヵ月で退職するケースが最も多くなりました。ただし、実際にはボーナスの支給時期や税金、退職金などが関わってくるため、必ずしも64歳11ヵ月が得になるわけではありません。
退職までに受けとれるお金を把握した上で、ご自身のケースについても細かくシミュレーションをしてみましょう。
失業保険の受給期間を延長できるのは、原則として正当な理由(※)がある被保険者のみです。たとえば、特定受給資格者や特定理由離職者、就職困難者に該当する場合は、基本手当の受給期間が最大360日まで延長されます。上記に該当しない被保険者についても、退職後の働き方次第では受給期間が延長されます。ここからは、60代が失業保険を長く受けとる方法をご紹介します。
(※)倒産や解雇、病気やけがによる自己都合退職など。
失業保険の受給中に公共職業訓練を受けると、「訓練延長給付」と呼ばれる制度が適用されます。本制度が適用された被保険者は、以下の期間にも基本手当を受けとれます。
・公共職業訓練を受ける前の待機期間
・公共職業訓練の受講期間
・受講終了後の一定期間
公共職業訓練には原則として年齢上限がないため、ハローワークで正式な手続きをすれば、60歳以上でも受けられる可能性があります。失業保険をもらえない人を対象にした求職者支援訓練については、訓練延長給付の対象には含まれません。
複数の事業所で働いている65歳以上の人は、2022年から始まった「雇用保険マルチジョブホルダー制度」の対象になります。
雇用保険は65歳以上でも加入できますが、従来の制度では所定労働時間の条件(1週間で20時間以上)を満たす必要がありました。一方、マルチジョブホルダー制度では複数の事業所における所定労働時間を合計できるため、副業や兼業をしている高齢者も利用しやすい仕組みになっています。
雇用保険マルチジョブホルダー制度の適用を受けると、失業時に高年齢求職者給付金と同等の金額を受けとれます。適用を希望する本人がハローワークで申し込む必要があるので、手続きを忘れないように注意してください。
失業保険だけで比較すると、65歳よりも64歳で退職したほうが多くの金額を受けとれます。64歳11ヵ月で退職する場合は、基本手当と老齢年金を同時に受給できます。失業保険と厚生年金の仕組みを理解した上で、損をしない退職時期をシミュレーションしてみましょう。
※本記事は失業保険に関わる基礎知識を解説することを目的としており、退職を推奨するものではありません。