退職時に支払われる退職金は、退職金共済と退職金制度に大きく分けられます。導入されている制度や仕組みによって支給額が変わるため、退職金の基礎知識はきちんと押さえることが重要です。
本記事では、退職金共済と退職金制度の違いに着目し、仕組みや種類、受給額などを比較しました。退職金を賢く受けとるために、退職金共済と退職金制度を活用するポイントも紹介します。
目次
退職金共済と退職金制度の違いは、仕組みや受給額の計算方法にあります。
退職金共済は公的機関が運用する制度であり、中小企業などの相互扶助によって成りたっています。また、代表的な制度である中小企業退職金共済制度などは、原則として積みたてた資産が増えるように設計されています。
一方で、退職金制度は社内の資産で運用されており、各企業が独自に支給額の計算方法や時期を決めています。勤務先で複数の制度が用意されている場合は、選び方によって受けとれる退職金が変わるかもしれません。また、掛金や積立金額も支給額に影響するため、各制度の仕組みや計算方法は正しく理解することが重要です。
退職金共済とは、社外で積みたてる仕組みの退職金です。主に国管轄の機関が実施しており、在職期間中に積みたてた金額(掛金)に応じて、従業員の退職時に直接退職金が支払われます。
基本的には、自社だけでの積立が難しい会社で導入されており、加入対象者は契約している企業の従業員となります。一部を除き、全従業員の加入が原則となるため、一人ひとりの意思で加入を決めることはできません。
退職金制度は、社内で積みたてたり運用したりした資産を元手に、各企業が独自に運営する退職金です。仕組みに関するルールは特にありませんが、会社側には就業規則の内容に則って支払うことが義務付けられています。
厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、2023年1月時点では74.9%の企業が退職給付制度(年金を含む)を導入しています。
国内で実施されている退職金共済は、大きく4つの種類に分けられます。会社の業種や規模によって、契約または加入できる制度が異なります。
厚生労働省所轄の勤労者退職金共済機構(独立行政法人)が実施している退職金共済です。1959年から運用されている中小企業向けの制度であり、2023年11月末時点では約38万の企業と、350万人以上の従業員が加入しています。
会社側が掛金を全額負担する仕組みですが、退職時には従業員に対して退職金が直接支払われます。支給額については、基本退職金と付加退職金の合算によって決められます。
<基本退職金とは>
掛金月額と納付月数によって変動する退職金です。制度全体の利回りが1.0%になるように設計されており、公式サイトで概算となる金額表が公開されています。
<付加退職金とは>
厚生労働大臣が定めた支給率をもとに、基本退職金とは別に支給される退職金です。剰余金の状況などにより、年度ごとの支給率が変動します。毎月の掛金については、5,000円~3万円の範囲で会社側が決定します(※短時間労働者は2,000円~4,000円の範囲)。
日本全国の商工会議所や、全国中小企業共済財団(全共済)が実施している退職金共済です。中退共と同じく、会社側が毎月の掛金を負担する仕組みであり、従業員の退職時には以下の給付金が支給されます(※いずれかを選択)。
・退職一時金
・遺族一時金
・退職年金
・解約手当金
原則として、支給額は掛金月額と加入期間によって計算されますが、給付金の種類によって計算方法が異なります。毎月の掛金については、従業員1人につき30口まで(1口1,000円)の範囲で会社側が決定します。
国の機関である中小機構が実施している共済制度です。1965年から運用されており、2022年3月時点では約159万人が加入しています。
小規模企業共済の加入対象者は、個人事業主や小規模企業の役員、共同経営者です。廃業や退任をすると、支払った掛金に応じた共済金や解約手当金が支払われます。また、65歳以上で掛金を180ヵ月以上支払った人は、老齢給付として受けとることもできます。
支給額の計算方法は、共済金を受けとる方法によって変わります。たとえば、廃業に伴って受けとる共済金Aの場合は、掛金月額と納付月数によって計算される基本共済金(予定利率1.0%)に加えて、経済産業大臣が定める支給率に応じた付加共済金が支払われます。
毎月の掛金については、1,000円~7万円の範囲で500円単位から設定できます。
勤労者退職金共済機構が実施する、特定の業種を対象にした退職金共済です。以下の業界で働くことを辞めると、掛金月額と納付期間から計算される退職金が支払われます。
・建設業(建設業退職金共済制度)
・清酒製造業(清酒製造業退職金共済制度)
・林業(林業退職金共済制度)
支給額や毎月の掛金については、加入する制度(業種)によって仕組みが異なります。たとえば、建設業退職金共済制度の掛金は1日あたり320円であり、退職時には掛金総額に運用利益を加えた退職金が支給されます。
退職金制度にも種類があり、導入されている制度によって仕組みが異なります。ここでは、代表的な3つの退職金制度を紹介します。
定年や自己都合で退職をしたときに、勤続年数などから計算される退職金が一括で支払われる制度です。2023年1月時点では約9割の企業が導入しており、主に中小企業の導入率が高くなっています。
支給額については、勤続年数や退職理由、職能、人事評価などから計算する方法が一般的です。明確な決まりはありませんが、計算方法によって「最終給与連動型」や「勤続年数定額型」などのタイプに分類されています。
厚生年金保険の加入者が高齢期になると、年金または一時金が会社から支払われる制度です。受けとり方や金額などの給付内容については、会社と従業員の間であらかじめ約束されます。
確定給付企業年金には、会社が別法人である企業年金基金を設立する「基金型」と、外部(生命保険会社や信託会社)に運用を委託する「規約型」があります。いずれのタイプでも、運用によって年金資産が不足した場合は、原則として会社側が不足分を負担します。
会社が毎月の掛金を拠出し、その資産を使って従業員が金融商品を運用できる制度です。加入者が60歳以上になると、積み立てた資産を一時金または年金として受けとれます。毎月の掛金は会社側が決める仕組みであり、確定給付型年金の有無によって上限額が変わります。
<確定給付型年金がある場合>
・月2万7,500円が上限
<確定給付型年金がない場合>
・月5万5,000円が上限
なお、マッチング拠出が導入されている企業では、会社負担分に上乗せする形で、加入者個人も掛金を拠出できます。
退職金共済と退職金制度の違いは、仕組みや種類だけではありません。受けとれる金額にも違いがあるため、ここからは加入・積立を30年間続けると仮定して、支給額のシミュレーション結果を紹介します。
納付月数が43ヵ月以上の場合は、基本退職金に加えて付加退職金も受けとれます。このうち基礎退職金については、公式サイトで「退職金のシミュレーション」が公開されています。
概算にはなりますが、以下では3パターンのシミュレーション結果を紹介します。
掛金 | 受けとれる金額 |
---|---|
1万円 | 421万3,100円 |
2万円 | 974万3,700円 |
3万円 | 1,263万9,300円 |
付加退職金については、掛金月額1万円のケースで3万円程度が目安になります。
全国中小企業共済財団の資料(※)によると、退職一時金の目安は以下の通りです。
掛金 | 受けとれる金額 |
---|---|
1万円 | 400万7,900円 |
2万円 | 801万5,800円 |
3万円 | 1,202万3,700円 |
(※)参考:全国中小企業共済財団「特定退職金共済制度」
他の給付金は計算方法が異なり、たとえば遺族一時金では上記の退職一時金に加えて、1口あたり1万円の弔慰金が加算されます。
小規模企業共済についても、公式サイトで共済金のシミュレーション(※)が公開されています。本シミュレーションによると、掛金月額を1~3万円にしたときの共済金Aは以下の通りです。
掛金 | 受け取れる金額 |
---|---|
1万円 | 435万8,800円 |
2万円 | 871万7,600円 |
3万円 | 1,307万6,400円 |
(※)参考:中小企業基盤整備機構「小規模企業共済制度 加入シミュレーション:試算条件の入力」
なお、付加共済金の支給率は時期によって変わるため、上記の金額はあくまで目安となります。
特定業種退職金共済制度の退職金は、加入する制度の種類によって異なります。参考として、以下では建設業退職金共済に加入した場合のシミュレーション結果を紹介します。
掛金日額 | 受け取れる金額 |
---|---|
180円 | 1,083万5,632円 |
200円 | 1,199万8,570円 |
260円 | 1,548万7,384円 |
(参考:建設業退職金共済事業本部「退職金試算」)
なお、特定業種退職金共済制度の掛金は日額で計算されるため、ここまで紹介した制度と同条件にはなりません。
厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、勤続30~34年の定年退職者に支払われた退職一時金の平均額は以下の通りです。
学歴(職業) | 退職一時金の平均額 |
---|---|
大学・大学院卒 (管理・事務・技術職) | 1,642万円 |
高校卒 (管理・事務・技術職) | 768万円 |
高校卒 (現業職) | 592万円 |
(参考:厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」)
前述の通り、退職一時金の仕組みは企業によって異なるため、平均額からかけ離れることもあります。
厚生労働省の資料(※)によると、2021年度に支給された確定給付企業年金の平均額は以下の通りです。
給付金の種類 | 種別 | 支給1件あたりの平均額 |
---|---|---|
老齢給付金 | 年金 | 69万1,984円 |
一時金 | 770万334円 | |
脱退一時金 | 1,420万460円 | |
障害給付金 | 年金 | 22万2,030円 |
一時金 | なし | |
遺族給付金 | 年金 | 71万4,088円 |
一時金 | 361万9,336円 |
(※)参考:厚生労働省「確定給付企業年金の事業状況等(2021(令和3)年度)」
なお、上記のデータは加入年数別ではないため、他の制度と同じ条件にはなりません。
企業型確定拠出年金に30年間加入すると、一時金または年金として受けとれる資産は以下となります。
掛金 | 受けとれる金額 |
---|---|
1万円 | 360万円 |
2万円 | 720万円 |
3万円 | 1,080万円 |
(※それぞれ+金融商品の運用益)
金融商品の運用益については、加入する時期や投資先によって異なります。運用状況によっては、積み立てた資産が減る可能性もあるので注意してください。
退職金を賢く受けとるには、退職金共済と退職金制度の違いを理解した上で、慎重に資産計画を立てることが重要です。以下では両制度の違いに着目しながら、退職金共済と退職金制度を活用するポイントについて解説します。
退職金共済と退職金制度には、掛金を自由に設定できない制度がいくつかあります。
たとえば、中小企業退職金共済制度では賃金や年齢、勤続年数などを基準として、掛金月額を決めるケースが一般的です。また、企業型DCでは原則として、毎月の掛金を会社が独自に決めています。
つまり、同じ制度が導入されている場合でも、勤務先によって受けとれる退職金は変わります。そのため、掛金の決まり方から将来の支給額を計算し、その上で今後の働き方や資産運用の方法を考えましょう。
退職金共済と退職金制度は、受けとり方によって税制優遇措置に違いが生じます。
たとえば、中小企業退職金共済や企業型DCで受けとった一時金は、退職所得控除の適用を受けられます。ただし、分割払いや年金形式で受けとる場合は雑所得になるため、基本的には公的年金等控除が適用されます。
どちらの受けとり方が得になるかは、同一年内に受けとる退職金の合計額や、公的年金などの受給状況によって変わります。税負担を抑えたい人は、事前に細かくシミュレーションをしておきましょう。
退職金共済とは違い、退職金制度は会社の経営状態によって減額されるリスクがあります。勤務先の将来性に不安を感じる場合は、退職金共済がある会社への転職や、早めの資産運用なども選択肢になるかもしれません。
もし複数の制度が用意されている場合は、会社の経営状態から制度を選ぶ方法もひとつの手です。制度の種類だけではなく、積み立てた資産の運用状況も確認しながら、慎重に将来の計画を立ててください。
同じ退職金でも、勤務先が導入している制度によって支給額は変わります。特に複数の制度が導入されている場合は、加入するものや毎月の掛金を慎重に考える必要があるでしょう。就業規則の退職金規定などを確認し、まずは将来受けとれる退職金の制度を把握することから始めてみてください。
※税務の詳細はお近くの税理士や公認会計士にご相談ください。