抗生物質の開発から処方箋まで、AI×医療分野がさらに進化

抗生物質に耐性を持つ「スーパーバグ(耐性菌)」を克服する、新たな抗生物質の開発が待ち望まれる中、マサチューセッツ工科大学(MIT)がAIを活用した新薬開発に成功し、大きな話題を集めました。現時点では試験段階にあるものの、「世界最強の抗生物質」開発への前進は、医学の歴史を変える可能性を秘めています。すでに適切な処方箋の選択などにも活用され始めているAIは、医療分野でますます存在感を増していくものと予想されます。

抗生物質の耐性感染症で年間70万人が死亡?

細菌感染症の治療薬として、世界中で使用されている抗生物質。しかし、長期間にわたり使用を続けた結果、抗生物質に耐久性のある「スーパーバグ(耐性菌)」が問題視されるようになりました。スーパーバグとは細菌が抗生物質に抵抗するために変異・進化したものです。近年「抗生物質の乱用がスーパーバグを生む」と懸念されているのは、そのためです。

このスーパーバグは、細菌であるため、当然ながら人間や物を媒体に拡散し続けます。特に免疫力の低い高齢者や持病を持つ人などは重症化しやすく、死亡にいたるケースが多くなるとされています。

英経済学者ジム・オニールが2014年に発表した報告書によると、薬剤耐性感染症は増加傾向にあり、欧米だけでも年間最大5万人が、世界中では少なくとも70万人が死亡していると推定されています。

このような状況を打破するために、スーパーバグを克服する新しい抗生物質の研究・開発が盛んに行われているものの、新薬が開発されても、またその抗生物質に耐久性のある菌が生まれ、医学と菌におけるいたちごっこが続いています。

スーパーバグへの対抗策にAIを活用

通常、抗生物質も含めて新薬の開発には、リード化合物(新薬の候補となる化合物)探しから臨床実験を経て製品化されるまで、何年、あるいは何十年もの時間と莫大なコストを要します。リード化合物の発見や最適化を含む初期段階だけでも、早くて2~3年を要します。

しかし、AIを採用したコンピューターシステムならば、遺伝子情報や過去の臨床実験・治療結果など、広範囲なデータから学習し、抗菌化合物を効率的かつスピーディーに特定でき、開発のプロセスやコストが大幅に短縮されます。

新たな抗生物質を開発するためのAIプラットフォームと効果

世界初の成功例として、マサチューセッツ工科大学(MIT)の試みが挙げられます。

機械学習アルゴリズムによるAI搭載のコンピューターが導入され、わずか数日で1億以上のリード化合物をスクリーニング(選別)し、「既存の抗生物質とは異なる化学構造をもった、細菌に効果を発揮する抗菌化合物」を選択することが可能になったと報告されています。

MITの臨床実験では、アメリカ食品医薬品局(FDA)承認済みの約1,700の医薬品を含む、約2,500の薬物と天然化合物の原子的および分子的特徴に関する情報をAIに学習させ、ブロード研究所(ハーバード大学とMITの共同研究所)が保管する6,000もの化合物データから、大腸菌(E. coli)の耐久性を無効にする化学的特徴を特定しました。

SF映画『2001年宇宙の旅』にちなんで「ハリシン(Halicin)」と名付けられたこの単一の抗生物質分子は、MITの実験でアシネトバクター・バウマニやクロストリジウム・ディフィシル、結核菌など、最も手ごわいスーパーバグや病原菌の成長を阻止することに成功したほか、マウスを使った実験では、マウスの感染も食い止めました。

また同じMITの実験から複数の抗生物質として使用できる可能性をもったリード化合物が特定されたことにより、さらなる臨床実験が予定されています。将来的な新薬の開発に、この「細菌を殺す新薬の化学構造について学習したAI」が応用できると期待されています

総合 AI医療システム誕生の可能性

すでに患者1人ひとりに最適な処方箋の選択、提案などにも活用されているAIですが、今後は紹介したMITの事例のように、医薬品の開発においてより広範囲に普及すると予想されています。

このAI×医療の組み合わせにより、新薬の開発だけではなく、病院の予約から患者のカルテ管理、診断、処方箋、アフターケアまで、医療に関する一連のプロセスをトータルで行える、AI統合医療システムが構築される日もそう遠くはないかもしれません。AIによる医療分野の革新に注目していきましょう。

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