同じ会社で長年働いている人にとって、退職金は老後資金や資産の形成に役立つものです。しかし、退職金は必ず受けとれるものではなく、制度そのものが存在しない会社も見られます。
そのような場合に、確定拠出年金は退職金の代わりになるのでしょうか。本記事では確定拠出年金の仕組みに加えて、退職金をもらえないケースや支給実態などをご紹介します。
目次
企業型DCやiDeCoとも呼ばれる確定拠出年金は、使い方次第で退職金の代わりになることがあります。
確定拠出年金では金融商品を購入できるため、運用状況によっては掛金よりも多くの資産を受けとれます。一時金として受けとる方法を選ぶと、退職のタイミングでまとまった資産を受けとることも可能です。
勤務先が企業型DCを用意していない場合は、iDeCoで個人的に資産形成をするような選択肢もあるでしょう。ただし、相場の動向次第では損失が生じることもあるため、確実に資産を増やせる方法ではありません。
運用を始める前には、各金融商品の特性やリスクをきちんと調べることが重要です。
確定拠出年金は、事前に決めた掛金を毎月拠出して、積みたてた資産で金融商品を運用する制度です。原則60歳以上になると、「掛金の積立額+運用益」で計算される金額を受けとれます。
確定拠出年金には2つの受給方法があり、毎月一定額の年金形式に加えて、一括で受けとる一時金も用意されています。そのため、若いうちから拠出を始めたり運用によって資産を増やしたりすれば、退職金の代わりとして活用できるでしょう。
また、確定拠出年金の運用益には所得税や住民税がかかりません。通常の投資では20.315%の税金が課されますが、確定拠出年金では全てのリターンが非課税となるため、効率的に資産形成をしたい人にも向いています。
ただし、元本保証のない金融商品で運用する場合は、資産を減らすリスクもあるので注意してください。
確定拠出年金には、勤務先の企業が実施する「企業型DC」と、個人で加入する「iDeCo」があります。各制度の違いは以下の通りです。
主な違い | 企業型DC (企業型) | iDeCo (個人型) |
---|---|---|
実施主体 | 事業主 | 国民年金基金連合会 |
目的 | 退職年金の一環として企業が実施する | 老後への備えとして個人が加入・運用する |
加入対象者 | 実施企業の従業員 | 国民年金の被保険者 |
掛金の拠出者 | 事業主 | 加入者本人 |
手数料の支払者 | 事業主 | 加入者本人 |
拠出限度額 | 毎月2万7,500円または5万5,500円 (※確定給付企業年金の有無で変動) | 毎月1万2,000円~6万8,000円 (※職業や退職年金の加入状況によって変動) |
運用商品 | 会社共通の取り扱い商品 | 各金融機関の取り扱い商品 |
掛金の取り扱い | 全額を損金算入できる | 全額が所得控除の対象 |
税務申告 | 不要 | 個人払込の場合は必要 |
退職年金として活用される企業型DCには、加入者個人が掛金を上乗せできる「マッチング拠出」と呼ばれる制度があります。上限金額はあるものの、個人で拠出した掛金には全て所得控除が適用されます。
また、2022年10月の法改正によって、現在では会社規約で併用を認められていないケースでも、企業型DCとiDeCoの同時加入ができるようになりました。
確定拠出年金を一時金で受けとる場合は、以下の退職所得控除が適用されます。
勤続年数 | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円×加入年数(※80万円が下限金額) |
20年超 | 800万円+70万円×(加入年数-20年) |
60歳で受けとった一時金を2,000万円として、加入年数が20年・25年の退職所得の金額を計算してみましょう。
<加入年数が20年の場合>
40万円×20年=退職所得控除額
=800万円
(2,000万円-800万円)×1/2=退職所得の金額
=600万円
<加入年数が25年の場合>
800万円+70万円×(25年-20年)=退職所得控除額
=1,150万円
(2,000万円-1,150万円)×1/2=退職所得の金額
=425万円
また、確定拠出年金を年金として受けとる場合も、以下の公的年金等控除が適用されます。
<公的年金等以外の合計所得金額が1,000万円以下の場合>
受給時の年齢 | 公的年金等の収入額 | 雑所得の計算方法 |
---|---|---|
65歳未満 | 60万円以下 | 0円 |
60万円超~130万円未満 | 収入額-60万円 | |
130万円以上~410万円未満 | 収入額×0.75-27万5,000円 | |
410万円以上~770万円未満 | 収入額×0.85-68万5,000円 | |
770万円以上~1,000万円未満 | 収入額×0.95-145万5,000円 | |
1,000万円以上 | 収入額-195万5,000円 | |
65歳以上 | 110万円以下 | 0円 |
110万円超~330万円未満 | 収入額-60万円 | |
330万円以上~410万円未満 | 収入額×0.75-27万5,000円 | |
410万円以上~770万円未満 | 収入額×0.85-68万5,000円 | |
770万円以上~1,000万円未満 | 収入額×0.95-145万5,000円 | |
1,000万円以上 | 収入額-195万5,000円 |
<公的年金等以外の合計所得金額が1,000万円超~2,000万円以下の場合>
受給時の年齢 | 公的年金等の収入額 | 雑所得の計算方法 |
---|---|---|
65歳未満 | 50万円以下 | 0円 |
50万円超~130万円未満 | 収入額-50万円 | |
130万円以上~410万円未満 | 収入額×0.75-17万5,000円 | |
410万円以上~770万円未満 | 収入額×0.85-58万5,000円 | |
770万円以上~1,000万円未満 | 収入額×0.95-135万5,000円 | |
1,000万円以上 | 収入額-185万5,000円 | |
65歳以上 | 100万円以下 | 0円 |
100万円超~330万円未満 | 収入額-50万円 | |
330万円以上~410万円未満 | 収入額×0.75-17万5,000円 | |
410万円以上~770万円未満 | 収入額×0.85-58万5,000円 | |
770万円以上~1,000万円未満 | 収入額×0.95-135万5,000円 | |
1,000万円以上 | 収入額-185万5,000円 |
<公的年金等以外の合計所得金額が2,000万円超の場合>
受給時の年齢 | 公的年金等の収入額 | 雑所得の計算方法 |
---|---|---|
65歳未満 | 40万円以下 | 0円 |
40万円超~130万円未満 | 収入額-90万円 | |
130万円以上~410万円未満 | 収入額×0.75-7万5,000円 | |
410万円以上~770万円未満 | 収入額×0.85-48万5,000円 | |
770万円以上~1,000万円未満 | 収入額×0.95-125万5,000円 | |
1,000万円以上 | 収入額-175万5,000円 | |
65歳以上 | 90万円以下 | 0円 |
90万円超~330万円未満 | 収入額-90万円 | |
330万円以上~410万円未満 | 収入額×0.75-7万5,000円 | |
410万円以上~770万円未満 | 収入額×0.85-48万5,000円 | |
770万円以上~1,000万円未満 | 収入額×0.95-125万5,000円 | |
1,000万円以上 | 収入額-175万5,000円 |
(参考:国税庁「No.1600 公的年金等の課税関係」)
ただし、いずれの受けとり方でもほかの所得と合算されるため、同一年内に会社からの退職金や老齢基礎年金などを受給する人は注意してください。
どのような退職金を受けとれるかは、勤務先の企業によって異なります。ここからは、企業型DCと退職金の違いをご紹介します。
企業型DCでは拠出した掛金を使って、投資信託や定期預金などの金融商品に投資できます。最終的な受給金額は運用状況に左右されるため、場合によっては掛金以上の資産を受けとることも可能です。
一方で、退職金は企業が用意するものであるため、受けとるまでは個人で金融商品を運用することはできません。
企業型DCで一時金を受けとる際には退職所得控除が、年金形式では公的年金等控除が適用されます。一方で、通常の退職金は一時金形式であるため、公的年金等控除が適用されることはありません。
例外として、企業年金(厚生年金基金や確定給付企業年金)として退職金を受けとる場合は、公的年金等控除が適用されます。
企業型DCでは金融商品の運用に失敗すると、将来の受給金額が減ってしまいます。定期預金や保険といった元本確保型の商品もありますが、いずれも全額の元本保証が備わっているわけではありません。
その点、退職金では金融商品の運用による損失は避けられます。ただし、業績によっては減額や支給停止の可能性もあるため、どちらのリスクが低いかを一概に言うことはできません。
退職金がもらえないケースとしては、以下の4つのパターンが考えられます。勤務先の就業規則や賃金規定もチェックして、どのパターンに該当するかを確認しておきましょう。
退職金の支払いは義務化されていないため、もともと退職金規定が存在しない会社もあります。厚生労働省が公表した令和5年の就労条件総合調査(※)によると、約25%の企業には退職給付制度がありません。
(※)2023年1月1日時点の状況を調査したもの。有効回答数は3,768社。
従業員数 | 退職給付制度(一時金または年金)がある企業の割合 |
---|---|
1,000人以上 | 90.1% |
300~999人 | 88.8% |
100~299人 | 84.7% |
30~99人 | 70.1% |
全体 | 74.9% |
(参考:厚生労働省「3_退職給付(一時金・年金)制度」)
大企業のように従業員数が多い会社は、退職一時金ではなく退職年金(確定拠出年金など)の導入率が高い傾向にあります。また、平成30年の就労条件総合調査と比較すると、退職給付制度がある企業の割合は5%ほど減る結果となりました。
退職金制度を見直すケースもあるので、過去に支給されていたとしても制度の有無は確認しておきましょう。
厚生労働省の同資料によると、回答した企業のうち31.0%は退職年金を導入しています。退職給付制度の導入率は減少傾向にありますが、退職年金については平成30年の調査より4.3ポイント高い結果となりました。退職金をもらえない場合は、以下の制度が導入されていないかを確認してみましょう。
<退職年金の種類>
・確定給付企業年金
・確定拠出年金
・厚生年金基金
中でも、近年では確定拠出年金の加入者が増えており、個人型(iDeCo)と企業型を合わせると1,000万人を超えています。
退職給付に係る債務を減らすなどの目的で、退職金制度から確定拠出年金(企業型DC)に移行する企業も見られます。実際の移行では、これまでの退職金資産が4~8年度に分けて企業型DCに移される場合もあるので、勤務先の方針はきちんと確認しておきましょう。
なお、確定給付企業年金や厚生年金基金についても、会社と従業員が労使合意を交わした場合に限って、確定拠出年金への移行が認められています。
退職金を受けとるには、退職金規定の勤続年数を超えている必要があります。厚生労働省の資料によると、退職金の受給に必要な最低勤続年数については、「3年以上4年未満」としている企業が多い傾向にあります。
退職金の受給に必要な最低勤続年数 | 回答企業の割合 (会社都合) | 回答企業の割合 (自己都合) |
---|---|---|
1年未満 | 8.5% | 3.2% |
1年以上~2年未満 | 21.8% | 15.0% |
2年以上~3年未満 | 8.7% | 9.7% |
3年以上~4年未満 | 42.2% | 56.2% |
4年以上~5年未満 | 1.1% | 1.6% |
5年以上 | 9.3% | 10.9% |
(参考:厚生労働省「退職手当制度がある企業の割合」)
勤続年数に3ヵ月や10日などの端数がある場合は、原則として1年に切り上げて計算をします。まだ退職をしていない人は、現時点での勤続年数と勤務先の退職金規定をチェックし、「受給条件をいつ満たせるのか」を確認しておきましょう。
退職金や確定拠出年金は、各企業が独自に制度として実施するものです。勤務先に規定がない場合は受けとれませんが、実際に退職金や確定拠出年金をもらえない企業はどれくらい存在するのでしょうか。
令和5年の就労条件総合調査によると、退職一時金をもらえない企業は全体の1割程度です。
従業員数 | 退職一時金のみを導入している企業の割合 | 退職一時金がある企業の割合 |
---|---|---|
1,000人以上 | 25.9% | 73.0% |
300~999人 | 41.9% | 82.1% |
100~299人 | 60.3% | 86.8% |
30~99人 | 77.2% | 93.4% |
全体 | 69.0% | 90.4% |
(参考:厚生労働省「3_退職給付(一時金・年金)制度」)
「退職一時金制度がある」と回答した企業は、どのような方法で退職金の資金を準備しているのでしょうか。以下のデータは、上記と同じ資料の回答結果をまとめたものです。
従業員数 | 退職一時金の支払準備形態(複数回答可) | |||
---|---|---|---|---|
社内準備 | 中小企業退職金共済制度 (中退共) | 特定退職金共済制度 (特退共) | その他 | |
1,000人以上 | 91.6% | 制度の対象外 | 3.7% | 8.3% |
300~999人 | 79.6% | 14.9% | 6.8% | 13.0% |
100~299人 | 66.4% | 35.3% | 8.4% | 11.1% |
30~99人 | 49.6% | 48.5% | 11.0% | 8.9% |
全体 | 56.5% | 42.0% | 9.9% | 9.7% |
(参考:厚生労働省「3_退職給付(一時金・年金)制度」)
上記の「中退共」や「特退共」は、特定の業種・規模の企業に向けて国が用意している退職金制度です。これらの制度を通して退職金が支払われる場合は、退職後の手続きが必要になるので注意しましょう。
次に同じ資料から、退職年金制度の導入率を見ていきましょう。
従業員数 | 退職年金のみを導入している企業の割合 | 退職年金がある企業の割合 |
---|---|---|
1,000人以上 | 27.0% | 74.1% |
300~999人 | 17.9% | 58.1% |
100~299人 | 13.2% | 39.7% |
30~99人 | 6.6% | 22.8% |
全体 | 9.6% | 31.0% |
(参考:厚生労働省「3_退職給付(一時金・年金)制度」)
退職一時金に比べると、退職年金を導入している企業は少ない傾向があります。年金をもらえない企業は全体の69.0%であり、特に中小企業の導入率が低い結果となりました。
退職年金制度についても、資金の準備方法を見ていきましょう。
従業員数 | 退職年金の支払準備形態(複数回答可) | |||
---|---|---|---|---|
厚生年金基金 | 確定給付企業年金 | 確定拠出年金 | 企業独自の年金 | |
1,000人以上 | 6.6% | 62.0% | 70.9% | 5.0% |
300~999人 | 9.9% | 55.6% | 58.3% | 1.9% |
100~299人 | 15.2% | 48.1% | 49.5% | 1.6% |
30~99人 | 26.5% | 36.2% | 45.8% | 3.9% |
全体 | 19.3% | 44.3% | 50.3% | 3.0% |
(参考:厚生労働省「3_退職給付(一時金・年金)制度」)
平成30年の調査結果に比べると、確定給付企業年金や確定拠出年金の割合が増えています。一方で、厚生年金基金と回答した企業は0.7ポイント減っており、退職年金の準備方法が変わってきていることがうかがえました。
・退職年金制度の種類
退職年金制度には3つの種類があり、それぞれ仕組みや特徴が異なります。予備知識として、確定拠出年金以外の概要も押さえておきましょう。
<厚生年金基金>
厚生労働大臣の認可を受けた法人(厚生年金基金)が、年金資産の運用や管理をする制度です。加入者は老齢基礎年金の一部に加えて、基金独自の上乗せ分を受けとれるため、本来より受給額が増えることもあります。
加入条件を満たしやすい制度でもありましたが、2014年4月以降は法改正によって新規設立ができなくなりました。
<確定給付企業年金>
事前に受給条件をとり決めて、その内容に基づいて退職年金が支払われる制度です。「DB(Defined Benefit Plan)」や「給付建て年金」とも呼ばれており、運営形態によって以下の種類に分けられています。
基金型:厚生労働大臣の認可を受けた法人(企業年金基金)が実施する制度。
規約型:労使合意の年金規約をもとに、事業主が年金資産を管理する制度。
いずれの種類でも、将来的に支払われる額は確定しているため、従業員にとっては資産計画を立てやすいメリットがあります。仮に年金資産の積立不足になった場合は、企業が掛金を追加拠出しなければなりません。
退職金や確定拠出年金の有無が分からない場合は、どのように調べればよいのでしょうか。入社前と入社後に分けて、これらの制度の確認方法を見ていきましょう。
入社前の場合は、各企業の求人票から導入されている制度を確認できます。退職金制度や企業年金に関する欄が見当たらないときは、「加入保険等」の欄をチェックしましょう。
また、企業によっては公式サイトや求人サイトに記載していることもあります。インターネットを使って就活や転活をする人は、これらのページも確認してみてください。
退職金や確定拠出年金を実施する企業は、原則として就業規則にその旨を記載しなければなりません。従業員が常時10人未満の場合、就業規則の作成義務はないものとされていますが、多くの企業ではトラブル防止のために作成しています。
就業規則は分かりやすい形で掲示または交付されているため、まずは社内の共有フォルダやポータルサイト、入社時に受けとった冊子などを確認してみましょう。もし見当たらない場合は、会社の総務部や人事部などに問い合わせてみてください。
退職金や確定拠出年金の仕組みは、勤めている会社によって異なります。これから入社をする人は、求人票などで導入されている制度をチェックし、気になる点は入社前に確認しておきましょう。
すでに入社している人も、会社の財務状況によっては制度が変更される可能性もあるので、定期的に就業規則を確認した上で計画を立てることが大切です。
※税務の詳細はお近くの税理士や公認会計士にご相談ください。
※本記事は資産運用に関わる基礎知識を解説することを目的としており、資産運用を推奨するものではありません。
※本記事は、2024年9月12日現在のものです。今後制度が変更になる場合もあります。