さまざまな領域でAI(人工知能)の導入が進む中、AIの性能を最大限に発揮できる「AI半導体チップ」の開発競争が加速しています。
GAFA(Google、Apple、Meta(旧Facebook)、Amazon)を筆頭とする大手テック企業が続々と開発に乗り出しており、次の投資チャンスとしても注目されています。
AI半導体チップとは、AIの演算処理を高速化するために設計された半導体チップのことです。機械学習ワークロードを実行するために最適化されている点が、CPUやGPUのような汎用プロセッサと異なります。
AI半導体チップの開発競争が加速している背景には、機械学習(マシーンラーニング)や深層学習(ディープラーニング)の台頭があります。活用範囲が拡大するに伴い、膨大な量のデータ処理に対応できる、高速で高性能かつ消費電力の少ない半導体チップの需要が高まっているためです。
機械学習や深層学習はAIの進化に欠かせない技術ですが、積和演算(掛け算の結果に順次足し算を行う演算)を多用するため、汎用プロセッサでは負荷が大きくなります。ジョージタウン大学安全保障・新技術センター(CSET)の研究員のサイフ・M・カーン氏によると、最先端のAIアルゴリズムをトレーニングするためには、1ヵ月相当の計算時間と1億ドル(約115億8,686万円)のコストを要します。
AIの学習に必要な計算量は過去10年間で飛躍的に増加しており、汎用プロセッサだけでは処理が追いつかなくなっているのが現状です。
マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームや MetaのAI研究部門の責任者ジェローム・ペゼンテ氏などの専門家は、計算量の増加がAIの発展の妨げや環境負担の増加の要因となる可能性を指摘しています。AIの研究・開発企業Open AIは2018年、「最大のAIモデルの訓練に使用される計算能力の量が、2012年以来3.4ヵ月ごとに倍増している」と発表しました。
このような背景から、AI半導体チップを「AI領域の発展に必要不可欠な要素」と見なす風潮が強まっています。
AI分野でトップを目指すGAFAやMicrosoft、Tesla、NVIDIAといった大手テック企業も、続々とAI半導体チップの開発に乗り出しています。
AI半導体チップが初めて注目を浴びたのは、Googleが深層学習を高速化する目的で2016年に発表した特定用途向け集積回路(ASIC)の「TPU(Tensor Processing Unit)」です。AI囲碁「アルファ碁」で利用されたことでも、話題になりました。
汎用プロセッサは32ビットの演算が主流であるのに対し、TPUは8~16ビットをベースとしています。これは、「高精度の認識には精密な分解能力が必要とされているが、推論だけならば8~16ビットで十分」という同社の見解に基づくものです。これにより、汎用プロセッサより集約度が高く消費電力が少ない、AIに最適な半導体チップが実現しました。
一方、Appleは「iPhoneX」や「iPhone8」の顔認証機能導入に向けて、2017年に「A11 Bionic」を設計しました。2020年11月には「M1チップ」を搭載した「MacBook Pro」を発表しました。同社が10年という長い歳月をかけて開発した半導体で、CPUとGPU間でメモリを共有できるため大容量のメモリにアクセスでき、グラフィック性能や演算処理の高速化、消費電力の大幅な削減に成功しています。
Metaは、動画のトランスコード(エンコードしたデータを別の形式に変換する技術)やレコメンデーションなど、機械学習を強化するためのチップを開発中であることが関係者の証言で明らかになっています。
アジア勢では、中国アリババ(阿里巴巴)が2019年に自社AI半導体チップ「HanGang800」を発表しました。バイドゥ(百度)は、2021年8月に自社AI半導体チップ「第2世代クンルン」の大量生産を開始しました。また、韓国通信大手KTは国内スタートアップと提携し、2023年までに独自のAI半導体チップの完成を目指しています。
日本ではトヨタ自動車が約115億円を出資するAIスタートアップのプリファード・ネットワークスが、2020年6月に自社開発のAIチップ「MN-Core」を搭載するスーパーコンピューター「MN-3a」を稼働しました。
ソフトバンクビジョン・ファンドやインテルキャピタル、グーグルベンチャー(GV)などから総額11億ドル(約1,275億75万円)以上を調達した米サンバノバ・システムズ、アブダビ・グロースファンドなどから7億2,000万ドル(約834億5,503万 円)を調達したセレブラス・システムズなど、スタートアップへの投資も加速しています。
AI半導体チップの開発競争が過熱する中、高性能な半導体チップの設計にAIを活用する動きも加速しています。
韓国サムスンは、世界で初めて複雑で難解なチップの設計プロセスを自動化することに成功した半導体メーカーです。同社が活用しているAIは、米電子系設計ソフト企業シノプシスが開発しました。
その他、NVIDIAやIBM、Googleなど、高性能チップの設計にAIを活用するという発想に関心を示す企業が増えています。
世界的な供給不足が続いているにも関わらず、半導体の需要は拡大する一方です。「AI市場を制するものが世界を制する」といわれている現在、投資の拡大とともにAI半導体チップの開発競争がさらに加速することは間違いないでしょう。米調査会社ガートナーは、世界のAI半導体市場は2020年の230億ドル(約2兆6,689億円)から2025年には700億ドル(約8兆 1,229億円)を上回る規模に成長すると予測しています。
超高性能・超低コストなAI半導体チップをAIが自動的に設計・生産する時代が、すぐそこまで迫っているのかもしれません。Wealth Roadでは今後も、AI半導体チップ市場の動向をレポートします。
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