世界最大の二酸化炭素排出国である中国がCO2排出量実質ゼロを目指し「世界最大の炭素取引市場」を開設しました。これによって、世界の脱炭素に向けた取り組みがさらに加速することが期待されています。CO2排出削減の促進策として注目されている「炭素市場(カーボンマーケット)」とともに、中国が気候変動対策先進国となる可能性について考察します。
炭素市場は、炭素クレジット(排出枠)を取引する場所のことで「排出権取引市場」と呼ばれることもあります。
世界銀行の2021年5月のデータによると、世界中で64のカーボンプライシングが実施されています。カーボンプライシングとは、排出されるCO2(カーボン)の量に価格を付ける(プライシング)仕組みのこと。排出量に応じた金銭的なコストを企業や家庭に負担してもらうことでCO2排出量の削減を促すのが狙いです。
具体的には、CO2排出量に対して課税する炭素税(カーボンタックス)や、国が企業の排出するCO2量に上限を設け、それを超過した企業は上限に達していない企業から炭素クレジットを買い取る炭素取引(カーボントレード)などが行われています。
世界の炭素市場は年々拡大しており、2020年には総額2,290億ユーロ(約29兆7,159億円)相当の取引がありました。その大部分を占めているのは、世界に先駆けて取引を開始したEU ETS(欧州連合排出量取引システム)ですが、この勢力図を大きく変える動きが中国で見られます。
中国が「2060年までにーボンニュートラル(CO2排出量と除去量を差し引きゼロにする)を目指す」と発表した背景には、地球温暖化防止への取り組みに対する世界的な圧力があります。国際エネルギー機関(IEA)の2018年のデータによると、中国のCO2排出量は全体の28%と米国の1.8倍以上、日本の9倍以上でした。
目標達成に向けて大胆な政策が期待される中、同国が2021年7月に開始した炭素取引はCO2排出削減の切り札になると期待されています。これは同国の排出量の多い企業2,000社以上が参加するもので、年間排出総量40億トン規模の世界最大の排出量取引市場になります。
炭素取引には、キャップ・アンド・トレードとベースライン・アンド・クレジットがあります。ベースライン・アンド・クレジットは、温室効果ガスの排出削減などのプロジェクトの実施を通して削減した排出量をクレジットとして取引する仕組みです。中国が採用しているキャップ・アンド・トレードは、個々の企業にCO2排出枠(キャップ)を割り当て、余剰排出量を取引(トレード)できる制度です。
企業は積極的に排出量の削減に取り組むことで余剰分を売却し利益を得ることができます。そして、脱CO2排出技術の研究開発が活発化することで社会と環境に貢献し、クリーン経済の発展にも一役買うと期待されています。
このような動きに対して、「中国は気候変動対策先進国を狙っている」との見方もある一方で、CO2排出量を今後の経済成長ペースを照らし合わせ、「より強力な気候変動対策が必要になる」との指摘もあります。
金融市場関連データ企業Refinitivのエコノミスト兼リードカーボンアナリストであるYanQin氏は、中国経済が年間4~5%成長すると予測されていることを挙げ、「電力の需要がさらに拡大し、その結果より多くのCO2が排出される」と警告しています。
また、同国の炭素市場はEU(欧州連合)やカナダ、アルゼンチンなどの市場と異なり、絶対排出量ではなく排出量の発生強度の削減に焦点を当てています。そして、排出枠が寛大であることや、違反行為に対する罰則が抑止力となるほど厳格でないことを指摘する研究者も少なくありません。
中国が炭素市場に本格的に乗り出したことはポジティブな兆候ではあるものの、オーストラリア国立大学の気候エネルギー政策センターのフランク・ヨツォ所長は「現在のシステムでは排出量の削減に大きな影響を与える可能性は低い」と述べています。中国が気候変動対策先進国となるためには、より強力な政策が必要になるでしょう。
多くの課題があるものの、世界が脱炭素社会を実現する上で中国の取り組みが後押しとなることに疑う余地はないでしょう。中国は世界最大のCO2排出国であるだけでなく、世界最大のエネルギー資源市場かつ拠出国でもあります。そのため、同国の決定は他国が脱化石燃料を進める上で、大きな役割を果たすことになるでしょう。
脱炭素は、投資のチャンスとしても注目されています。新たな脱炭素時代の幕開けとなるか、今後の中国の動向と市場の動きに注目です。
※本記事は投資に関わる基礎知識を解説することを目的としており、投資を推奨するものではありません。