何歳まで働きたいか、考えたことはありますか。
高年齢者雇用安定法では「65歳までの雇用確保」の義務に加え、「70歳までの就業機会確保」を努力義務とするよう企業に指導しています。シニアが活躍できる環境整備が目的ですが、「いつまで働かないといけないのだろう」と思う人もいるのではないでしょうか。
一方で、経済的自立と早期退職を目指す「FIRE」という生き方が注目されています。働くシニアの対極にあるFIREとは、どのようなものなのでしょうか。
目次
FIREとは、経済的自立(Financial Independence)と早期退職(Retire Early)を意味する言葉です。まずは、FIREが目指す生活のイメージをつかんでおきましょう。
リタイア前、つまり在職中はバリバリ働いて必要な資金を稼ぎます。一生分の生活資金を持っていれば、リタイア後に生活費の心配をすることはなくなるでしょう。
生涯資金額の目安は、「年間生活費の25倍」と言われています。
総務省の家計調査によると、平均生活費は約26万円。26万円×12ヵ月で312万円、その25倍は7,800万円になる計算です。
FIREが目指す生活では、リタイア後は、労働せずに収入を得る「不労所得生活」が始まります。貯めた資金を投資して、その運用利益で生活するのです。
例えば、元本7,800万円を年4%で運用すると運用益は312万円、つまり元本を切り崩さずに生活費を賄えます。運用で増えた分だけ使って生活することで、経済的な自立を図るわけです。
上記の計算では税金や手数料を考慮していませんし、実際には4%で運用できるとは限りませんし、元本を切り崩さずに生活できるとはかぎりませんので注意が必要ですが、イメージはつかめたのではないでしょうか。
日本における「早期退職」には、明るいイメージと暗いイメージがあります。
明るいイメージは若くして起業し成功した人や多額の遺産を継承した人などで、暗いイメージはリストラによって退職を余儀なくされた人などです。
しかし、FIREは特別な人だけがたどり着くものではなく、第三者によって贈られたり奪われたりするものでもありません。
誰でも達成できる可能性があり、自分の手でつかみ取るものなのです。
FIREを実践するためには、何から始めればよいのでしょうか。順を追って説明します。
まずは数ヵ月間、FIRE前提で生活する「プレFIRE」をしてみましょう。
プレFIREはFIREのお試し期間ですが、本気で取り組むことが大切です。その間に自分を取り巻くさまざまなものを取捨選択しながら、生活費を徹底的に見直しましょう。
自分にとって「本当に必要な生活費」を見定めるのです。
-ライフスタイルや家族構成によって生活費は変わる
家族の人数が変わればライフスタイルも変わり、支出額も変わります。参考として、世帯構成ごとの平均生活費を見てみましょう。
<世帯構成別 消費支出額平均>
世帯構成 | 月額 | 年額 | 25倍 |
1人 | 17万円 | 204万円 | 5,100万円 |
2人 | 28万円 | 336万円 | 8,400万円 |
3人 | 30万円 | 360万円 | 9,000万円 |
4人 | 32万円 | 384万円 | 9,600万円 |
5人 | 34万円 | 408万円 | 1億200万円 |
FIREは、単なる貯蓄術ではなく生活スタイルであり、「生き方」です。
10年後、20年後、30年後に「どうなっていたいか」を思い描き、必要に応じて目標額を調整しましょう。
FIREの実践には、ストイックな節約生活が不可欠です。
まずは、「給与-生活費=貯蓄」ではなく「給与-貯蓄=生活費」と考えることが大切です。プレFIRE期間に割り出した「生活費」をもとに、先取り貯蓄を始めましょう。
-収入の最大化・支出の最小化
支出を抑えるためには、変動費よりも家賃や水道光熱費などの固定費を見直すのがおすすめです。しかし、支出の削減には限界があります。生活費をゼロにすることはできないからです。
そのため、収入を増やす方法も考えましょう。月々2万円を節約するよりも、月収を5万円増やすほうが効果的です。収入アップにつながる資格取得や技能習得を検討し、副業や転職も視野に入れるとよいでしょう。
-貯蓄率アップを目指す
総務省の家計調査では、手取り収入の平均額(約40万円)に対して、貯蓄額が約14万円となっています。この場合の貯蓄率は約35%です
貯蓄率が35%のとき、1年分の生活費が貯まるまでに約22ヵ月かかります。FIREでは25年分の生活費貯蓄を目指しています。貯蓄率を高めるほど、目標達成までの期間は短くなります。
<収入40万円の場合の貯蓄率と貯蓄額>
収入40万円に対する貯蓄額 | 貯蓄率 | 1ヵ月分の生活費 | 1年分の生活費が貯まる期間 |
2万円 | 5% | 38万円 | 228ヵ月 |
4万円 | 10% | 36万円 | 108ヵ月 |
8万円 | 20% | 32万円 | 48ヵ月 |
14万円 | 35% | 26万円 | 22ヵ月 |
20万円 | 50% | 20万円 | 12ヵ月 |
28万円 | 70% | 12万円 | 5ヵ月 |
例えば、月々26万円の生活費を20万円まで削減すると、貯蓄額は20万円(=14万円+6万円)になります。40万円の収入に対して貯蓄が20万円なので、貯蓄率は50%に達します。
生活費を削減して貯蓄に回すことでさらに貯蓄率が上がるため、FIREの実現に大きく近づくというわけです。
-現金貯蓄と投資運用を使い分ける
月々20万円の貯蓄ができても、低金利の銀行預金では増えません。一部を投資に回し、少しずつでもお金に働いてもらうことを考えましょう。
仮に運用にお金を回した場合4%の利回りで運用できたとすると貯蓄との差は下記のようになります。
<毎月10万円を10年間積み立てた試算結果>
貯蓄(金利0.2%・複利) | 運用(金利4%・複利) | 差額 |
1,211万9,784 円 | 1,472万4,980 円 | 260万5,196 円 |
ただし、運用の成果はその時々で変動しますし、そもそも投資には元本保証がありません。「増えないが減らない貯蓄」と「増えるかもしれないし減るかもしれない投資運用」をバランスよく使い分けましょう。
-家族構成による違い
独身でFIREを目指すのなら、一気に資金を稼ぐことで早く達成できるチャンスがあります。生活水準を決めることも支出を決めることも、一人でできるからです。
家族がいる人は、共働きであれば世帯収入が増えるため貯蓄が進みますが、子どもが生まれると成長とともに教育費が増えていきます。家族が増えたために住宅を購入し、住宅ローンを組むこともあるでしょう。その場合は無理をせず、長期的な視点でじっくり取り組むべきです。
何より、家族の理解を得ることが大切です。FIREのために家族が必要以上にがまんをしたり、子どもが進学を断念したりするようでは本末転倒です。
FIREでは、資金を年4%で運用することを前提としています。
「4%」は、米S&P株の成長率7%からアメリカのインフレ率3%を差し引いたものです。日本のインフレ率の目標は2%ですが、実際はもっと低い状態が続いています。
日本からアメリカの株式市場に投資することもできます。インフレ率が1~2%の日本から運用利回りが7%の米国株に投資するなら、4%ルールを5~6%ルールと考えることもできるでしょう。
-5~6%ルールだと仮定すると
5~6%の運用利益を期待できるなら、FIRE目標額は「生活費の17~20倍の資産」になります。
貯蓄率50%を維持していれが、17~20年で達成します。貯蓄と運用を併用し、ボーナスや副業の収入も加えると、実現はさらに早まるでしょう。
ただし、運用に絶対はありません。また、外国市場への投資には為替変動リスクがあるため、注意が必要です。
-投資のための情報収集や勉強は必須
投資では、その時々の状況が結果に大きく影響します。どのような状況でも、自己判断できるだけの知識と経験を積んでおくことが大切です。
市場の暴落やイレギュラーな事態に備えて、資産の何割かは現金で持っておくと安心です。
ここまでお金の話ばかりしてきましたが、FIREのゴールは「お金持ちになること」ではありません。豊かな生活を送り、人生を楽しむことです。
FIREの目的は、若いうちにお金を貯めて仕事を辞めることだけではありません。
始めてみたものの、予定どおりにいかないこともあるでしょう。その時は予定を延長したり、中断したりと自由に判断してかまいません。誰かから強制されるものではないからです。
それでも、コツコツ続けた節約や身につけた投資運用のコツは、その後の人生を豊かにしてくれるはずです。
中には20~30代前半で資金を貯め、早々にFIREを達成する人もいるでしょう。
若い世代ほどタイムパフォーマンスを重視し、最短で結果を出そうする傾向があります。「失敗したら無駄になるから」と挑戦をためらう人も多いようです。しかし、FIRE達成後なら余裕を持って挑戦できるのではないでしょうか。
残りの人生は50~60年もあります。興味のあることに挑戦し、さまざまな経験を積んで「本当にやりたいこと」が見つかったら、それを仕事にするのも魅力的な生き方ではないでしょうか。
完全に引退するのではなく、適度に働くことを「サイドFIRE」「バリスタFIRE」と呼びます。好きな仕事を続けたり、好きな時に働いたりして、「生きるために働く」のではなく「働くことを楽しむ」という生き方です。
経済的な余裕があると、「やりたいこと」を選ぶゆとりが生まれます。資格取得や技能習得のおかげで「できること」が増え、選択肢が広がっているかもしれません。
早期退職は魅力的ですが、「何年も続く夏休み」は意外と退屈かもしれません。
労働に追われる生活をリタイアして、「自分のために楽しむ生活にシフトチェンジする」という意識改革こそが、FIREの本当の魅力かもしれません。豊かで人間らしい生活を取り戻すために、まずは「プレFIRE」から始めてみてはいかがでしょうか。
※本記事は投資に関わる基礎知識を解説することを目的としており、投資を推奨するものではありません。