『みんなの金融―良い人生と善い社会のための金融論』より一部抜粋
(本記事は、駒村 康平氏の編著『みんなの金融―良い人生と善い社会のための金融論』=新泉社、2021年5月27日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
※合同会社フィンウェル研究所代表 野尻哲史氏講義箇所から抜粋
目次
最後に「高齢者の側に立つアドバイザー」の話をします。
英国で一般的になっている「独立系ファイナンシャル・アドバイザー」、いわゆるIFA(Independent Financial Adviser)は、今後、日本でもその存在が注目されることになりそうです。
これまでにも英国の制度などが日本に導入されることがありました。よく知られているのはNISA(少額投資非課税制度)で、これは英国のISA(Individual Savings Account、個人貯蓄口座)をもとにして作られました。
同様に、IFAという言葉も英国で使われている独立系アドバイザーの通称で、このビジネスモデルが最近、日本でも注目を集め始めています。
そうした英国における最近の金融制度改革で、注目すべき4つを紹介します。
①RDR(Retail Distribution Review,消費者向け金融商品の販売に関する改革)に基づく投信・保険の手数料制撤廃
②ISAの改革(1999年に導入され、2007年くらいから継続的に改革が進められている)
③企業年金の導入義務づけと従業員の自動加入(2012〜2018年導入)
④確定拠出年金の引き出し自由化とペンション・ワイズ(Pension Wise,政府による無償の投資ガイダンスの提供)(2014年、2015年)
この4つの制度は、いろいろな形で今後、日本にも入ってくるでしょう。
もちろん、制度を導入するという形だけではなく、超高齢社会において重要な示唆を持っているだけに、こうした考え方そのものが日本でも広まっていくのではないかと考えられます。
英国ではRDR(消費者向け金融商品の販売に関する改革)と呼ばれる報告書の勧告によって、投資信託や保険商品の販売における手数料制度が禁止されました。
2013年1月1日以降、金融機関やアドバイザーは、運用会社、保険会社からキックバックによる手数料をとってはいけないと決まり、その代わりにアドバイスを行った対価として、投資家から報酬をもらうことになりました。
運用会社や保険会社からキックバックを受け取る制度では、アドバイザーは受け取れる手数料が多い商品を売りがちになります。自分が儲かる商品を売りたいというバイアスが、販売するアドバイザーにかかるわけです。
これは「手数料バイアス」と呼ばれるもので、金融当局は何とか禁止したいと長らく指摘してきました。
これが撤廃できたことで、アドバイザーは顧客からそのアドバイスの対価として報酬を受け取るようになり、顧客の側に立つ形が明確になりました。
ただし、デメリットがないわけではありません。
投資額が少ない資産形成層にとっては、アドバイザーの報酬が相対的に高くうつり、またアドバイザーにはこうした顧客は儲からない相手とうつることから、資産形成層を中心にアドバイスを受けられないという「アドバイス・ギャップ」が発生しました。
また、高い手数料の商品が売れる時代から手数料の安い金融商品へ嗜好がシフトしたことで、運用会社の運用報酬も低下傾向になりました。
一方、アドバイザーが富裕層に傾斜したことから相対的にはアドバイザーの報酬率は高まることになり、結果として、投資家が支払う平均報酬はかえって上昇したとの指摘もあります。
日本でも手数料の引き下げ競争という形で、この課題への対応が始まっています。金融審議会市場ワーキング・グループの議論にあった「高齢者の側に立つ」というのは、これにつながります。
英国はISA(個人貯蓄口座)を1999年に導入して以来、何度も拠出上限額の引き上げや制度の改善を行い、今やその資産残高は6000億ポンドを超えています。
日本のNISA(少額投資非課税制度)のもとになった制度ですが、英国の個人金融資産の1割弱を占めるまでに成長しているのです。
具体的な改革としては、まず年間拠出上限額は当初の7000ポンドから2万ポンドに徐々に引き上げられました。また、配偶者死亡後の高齢者に配慮した相続ISAの導入(2015年)、資産構成の保守化を可能にする預金型ISAと株式型ISAの実質一体化(2014年)、引き出しを退職後の生活と住宅取得に絞ったライフタイムISAの導入(2017年)などが挙げられます。
ライフタイムISAは、退職するまでは引き出せませんが、政府の拠出上乗せ補助があるのが大きな特徴で、拠出時の課税はこの補助金で一部相殺し、引き出す際にはもともと非課税なので、税制面からはかなり有利な仕組みに変わっています。
一方、日本のNISAは年間の投資額は20兆円を超える水準まで増えていますが、売却も多く、残高はまだ数兆円で個人金融資産の1%にも達していません。もし英国並みに個人金融資産の1割程度に広がるとすれば、NISAの残高は180兆円程度の規模になっても不思議ではありません。
残念ながら、その点で日本のNISAはまだ中途半端であり、これをどうやって改善するかが大きなポイントとなるでしょう。
3つめのポイントは、確定拠出年金(DC、Defined Contribution)です。
英国では2008年に年金法が成立して、2012年から2018年までの間にすべての企業で企業年金を導入することが義務づけられ、従業員は自動加入することになりました。
もちろん従業員は脱会する権利(オプトアウト)を持っていますが、行動経済学の知見のとおり、脱退する人は1割以下にとどまり、この7年間で800万〜1000万人くらいの人が新たに確定拠出年金に加入することになりました。
企業年金全体の加入率は70%後半にまで上昇、成功した制度設計の一つでしょう。
日本もこれくらいのことをやっていけるといいのですが、まだまだ改革が必要です。
ただ、日本にはiDeCo(個人型確定拠出年金)に加入している従業員に企業が上乗せで拠出できる制度、iDeCoプラス(イデコプラス・中小事業主掛金納付制度)があります。
企業年金(企業型確定拠出年金、確定給付企業年金、厚生年金基金)を実施していない中小企業(従業員300人以下※21)の事業主が、iDeCoに加入している従業員が拠出する加入者掛金に追加して、掛金を拠出できる制度です。
これは強制的な導入義務がないことが課題ですが、実質的に中小企業にも確定拠出年金を導入することができる方法と位置づけることができます。
2014年、英国政府は確定拠出年金の引き出し要件を簡素化し、55歳以上なら自由に引き出せることになりました。
ただ、引き出しやすくなったことが退職後の生活資金を過剰消費に向かわせるのではないかとの懸念を生むことになり、2015年には確定拠出年金加入者が、資金を引き出すときに国が無料で投資ガイダンスを行うという制度がスタートしています。これがペンション・ワイズです。
現在、年間40万人以上がこのガイダンスを受けています。ただ、ガイダンスは個人の事情を考慮した形での情報提供をしないため、これでは不十分と感じる人はより詳細なアドバイスを求めるようになります。こうしたアドバイスを受けたいと考える潜在的な顧客を拡大させている施策でもあります。
資産活用の時期に入るタイミングでこうしたガイダンスを受けることは、非常に有意義なことではないでしょうか。退職をして、これから資産の引き出しをしながら生活をするための考え方を知ることの大切さは、強調しても強調し過ぎることはありません。
今後、ある程度の資産があり、加齢に伴って自分でできることが少なくなっていくなかで、顧客の側に立ってアドバイスをしてくれるアドバイザーへの需要は大きくなるでしょう。
ここにIFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)ビジネスの成り立つ要素があります。超高齢社会は、金融ビジネスのすそ野を広げる大きな要素となり得るのです。
日本こそ、こうしたアドバイザーの存在意義は大きいと思います。
最後に、繰り返しますが、学究者としても、ビジネスマンとしても、資産活用と資産取り崩しは、とても興味深い分野なのです。
(合同会社フィンウェル研究所代表 野尻哲史氏)
<抜粋箇所著者プロフィール>
野尻 哲史(ノジリ・サトシ)氏
1959年生まれ。一橋大学商学部卒業後、国内外の証券会社に勤務。2006年より外資系大手運用会社で投資啓発活動に従事。2019年、合同会社フィンウェル研究所を設立。退職世代に向けた資産活用についての啓発活動を続けている。著者に『IFAとは何者か-アドバイザーとプラットフォーマーのすべて』(共著、きんざい)、『定年後のお金 寿命までに資産切れにならない方法』(講談社+α新書)、『脱老後難民-「英国流」資産形成アイデアに学ぶ』(日本経済新聞出版社)など多数。