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遺言書もクラウド上に?驚きの超高齢社会におけるフィンテック事情

『みんなの金融―良い人生と善い社会のための金融論』より一部抜粋

(本記事は、駒村 康平氏の編著『みんなの金融―良い人生と善い社会のための金融論』=新泉社、2021年5月27日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

※株式会社マネーフォワード執行役員CoPA 瀧俊雄氏講義部分から抜粋

超高齢社会時代のフィンテックはどうあるべきか

最後にフィンテックと超高齢社会の接点についてお話しします。私は、様々な個々人のお金にまつわるストーリーを聞かせていただく立場にありますが、本当に聞いていて辛く、憤った話がありますので、お話ししましょう。

丁寧に貯金をして孫のためにお金を残しておいたというおばあさんのところに、司法書士を連れた新興宗教の人が訪ねてきました。そして勝手に遺言状を書いて、すべての財産を取ってしまったのです。

これは、お金の課題解決に向けた取り組みをしている人間として捨て置けない話です。私は、若いころから節約アプリや貯蓄自動化ツールを利用して、丁寧に生きましょうという提案をしています。

それなのに、丁寧に生きてきた人が最後にこんなことになってはたまったものではありません。

こういうことを防ぐ一番の方法は、しごく当たり前ですが、家族内で頻繁に会話することです。家族からめったにかかってこない電話だからこそ、異常に気づけず詐欺に引っかかるのです。

家族で丁寧な会話をしましょうなんていうと、教頭先生の話みたいですが、家族間のコミュニケーションはテクノロジーの時代にあっても、最も重要なピースであると考えています。これは、とても大切なことです。

この課題に応える一つの試みとして、マネーフォワードでは高齢者の口座に異変があったとき、すぐに家族が連絡を受け取れるようなサービスが作れないかと考えています。

様々な金融機関でこうしたサービスの準備は始まっているので、全体的にこれが進んでいくといいなと思っています。

当社では家計簿サービスを提供しているので、例えば10万円の引き出しがあった場合、アラートメールを飛ばすということができます。この機能を使って、イレギュラーなお金の動きを察知したら、すぐに子どもに知らせるということができれば、家族が確認の電話をかけることが可能になります。

単に家計を分析するだけでなく、異常が起きたときにすぐさま反応できる状況を作ることができれば、トラブルを防止するだけでなく、未然に防ぐための会話を作る手助けができると思います。

当たり前ですが、人間は死にます。しかも、よくわからない理由でいきなり死んだりします。

あるアニメの第1話で、主人公が死ぬ前に後輩に「オレのハードディスクを消去しておいてくれ」という遺言を残す場面がありましたが、世の中の多くの人は、そうした準備ができません。

したがって、いざというときに備えて、遺言などの形で金融資産や保険などの契約情報を家族に伝えることも重要になります。

信託銀行に勤めていた私の父の話によると、仲の良い家族ほど遺言書を書かないことが多いそうです。仲良くやっているから大丈夫と思うようですが、実際はそのときになると、お葬式は緊張感に包まれるようです。

ですから、第三者を含めた意思決定を行うことが大事になります。

海外では事前に指定された代理人が、当人の死を連絡すると、クラウド上に保管してある遺言状を渡すというサービスも出てきています。

「Everplans」という米国のサービスですが、生前に遺言や生命保険、銀行口座の情報、葬式の要望などをデータとして保存しておき、いざとなったら指定する代理人にそれを送ることができます。

高齢者の自由を担保するキャッシュレス対応サービス

今後は、キャッシュレスに対応したサービスの登場も待たれます。高齢者の場合、どうしても紛失や使い過ぎの不安もあって、現金にこだわりがあるのが現状です。

家に多額の現金を置いて、例えば入院時には支払いの準備で100万円くらいを持参し、病院の引き出しに入れておくケースもあるそうです。こうした高齢者にキャッシュレス化を促すには、どうしたらいいでしょうか。

一つの希望としては、すでに高齢者でも普通にICカード型の電子マネー、つまりnanacoかWAONなどは使えているということです。電子マネーは使用したら記録が全部残ります。

例えば、認知症の高齢者が同じものを何回も買ってしまうケースでは、同じ金額の履歴がいっぱい計上されるわけです。このような情報をきちんと通知できることは大事ですし、下手にすべての取引を縛るのではなく、1万円など一定の額を入れておいて、その範囲で好きに使ってもらうことができます。本人にとっては重要な自由を確保してもらう、といったことが可能となります。

成年後見における考え方の一つに、「愚行権」というのがあります。

例えば、ケチャップを何個も買ってしまうとか、愚かな行為をある一定のレベルまでは認めてもいいのではないかという考え方です。愚行権をまったく認めないで、行動を何もかも縛ってしまうと、高齢者の生活は苦しいものになってしまいます。

認知機能の状況にもよりますが、以前から甘党だった高齢者が、どら焼きを2個食べたいというくらいの希望は叶えてあげたいでしょう。そして、そういうことと過去の買い物の履歴を保存できる電子マネーの利用は相性がいいはずなのです。

例えば、アメリカのTrueLinkというプリペイドカードの会社では、カードコントロールと呼ばれる機能があり、特定の時間、特定の店で使える電子マネーを作ることができます。

そうしたカードを高齢者に渡せば、1日1000円だけ好きに使える「愚行権カード」を作ることも可能になるでしょう。

サービスを提供する際のアドバイスのあり方についても触れておきます。

現代はスマホの時代になり、自動化により人々は昔より自分で判断する機会が減っています。そういう時代にとても重要なのが、最初に見せるものは何か、ということです。

行動ファイナンスなどで「ナッジ理論」といわれるものですが、相手の意思決定に強く影響力を持っている人は、最初に述べる言葉や選択肢を丁寧に選ばなくてはなりません。

最初に提示する選択肢は、持続的な行動を促し、本人の健康を慮ったものとする必要があります。例えば、投資が初めての人であれば、積み立て投資から勧めるなどです。

最初に見せるものに対する責任は、世界ではまだまだ未定義な領域です。自分たちの手足を縛るものでもありますが、ネット情報ですぐに判断しがちな人や高齢者などに対して最初に見せるべきものとして、健康でサスティナブルな選択肢を丁寧に提案する義務があるのだと思っています。

金融用語で「フィデューシャリーデューティ」(受託者の義務)というものがありますが、今はまだ、この考え方はせいぜい本人に害のない金融サービスを提供しよう、という程度の思想に立ったものとなっています。

ただ、今後の社会では、もう少し踏み込んだ、自分の家族に対しても胸を張って勧められる助言になっているか、という選択肢も必要になるでしょう。

このような考え方を、私たちの会社でもサービス提供を通じながら深めていく必要があるのではと思います。
(株式会社マネーフォワード執行役員CoPA 瀧俊雄氏)

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<抜粋箇所著者プロフィール>

瀧 俊雄(たき としお)氏
1981年生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社に入社。野村資本市場研究所にて、家計行動や年金制度、金融期間ビジネスモデル等の研究業務に従事。スタンフォード大学MBAを取得後、野村ホールディングス株式会社の企画部門を経て、2012年より株式会社マネーフォワードの設立に参画。2015年に同社「Fintech研究所」所長に就任。経済産業省「産業・金融・IT融合に関する研究会」に参加。金融庁「フィンテック・ベンチャーに関する有識者会議」メンバー。

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