『みんなの金融―良い人生と善い社会のための金融論』より一部抜粋
(本記事は、駒村 康平氏の編著『みんなの金融―良い人生と善い社会のための金融論』=新泉社、2021年5月27日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
※慶應義塾大学駒村康平教授講義部分から抜粋
本書の重要なテーマは、長寿の時代における金融の役割です。しかし、無限に寿命は延びるわけではなく、竹内まりやの「いのちの歌」の歌詞にあるように、いつかは誰でもこの星にさよならをするときが来るわけです。
最後に本書の他の章では触れていない、長寿社会でも最後に訪れる相続、あるいは資産の承継について見てみましょう。
まず、今後の死亡者数の推計を見てみましょう。高齢者が増えるということは、死亡者数も増加することを意味します。
国立社会保障・人口問題研究所によると、1年あたりの死亡者数は、2019年には137万人となり、今後は2039年に167万人のピークを迎えると推計されています※9。これに比例して相続の件数も増加します。
野村総合研究所によると、年間の相続資産は兆円に達すると推計されています。GDPの10%近い相続が毎年発生するわけで、「大相続時代」が到来するのです。
相続で気になるのは、相続税です。2015年の相続税制の改正により基礎控除額が引き下がり、サラリーマンでも都心で家を所有していれば相続税を払う可能性があります。
2015年に行われた相続税制改正で、基礎控除額が(5000万円+1000万円×法定相続人数)から(3000万円+600万円×法定相続人数)へ大幅に引き下げられました。
これにより納税件数の割合は約2倍に増え、課税割合も2018年には死亡者の8・5%になりました。最高税率も、6億円超(各法定相続人の取得金額)が50%から55%へ上がりました。一気に相続税の対象者が増加したわけです。
一方、自宅を引き継ぐ配偶者や家族は優遇されるように、小規模宅地等の限度面積は240m²から330m²へ拡大されました。また、高齢者から若年層への資産移転を促進させるため、相続時精算課税の適用要件の贈与者の年齢制限が65歳以上から60歳以上に拡大されるとともに、受贈者の範囲が推定相続人に加えて孫も適用できるようになりました。
さらに2019年には超高齢社会に対応するため、約40年ぶりに民法(相続法)も改正されました。この改正の1つめのポイントは、子どもと別居する老夫婦が増えたため、残された配偶者の生活が守られるようにしたことです。
旧民法では、配偶者と子どもが法定相続割合で相続した場合、配偶者が不動産を相続すると預貯金を相続できる割合が少なくなり生活費に困る場合が多かったのです。
改正後は配偶者居住権が創設され、配偶者が自宅に住みながら預貯金を多く相続することが可能となりました。また、婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与があった場合でも、遺産の先渡しと見なさなくなったことにより、配偶者の相続分が増えるようになりました。
2つめのポイントは、被相続人の預貯金の払い戻し制度の創設です。これまでは遺産分割が終了するまで預貯金の払い戻しができなかったのですが、一定額は相続人が単独で払い戻せるようになり、葬儀費用などに充てられるようになりました。
3つめのポイントは、相続による紛争を防止する観点から、遺言の利用を促進するため、自筆証書遺言の作成方式が緩和されたことです。それまで全文自書しか認められていなかったのですが、財産目録のパソコンでの作成や預貯金通帳のコピー代用が認められました。
また、自筆証書遺言保管制度が創設され、遺言の紛失防止や閲覧の利便性が上がりました。
戦前は、長子相続と引退あるいは生存している親の扶養義務がセットになった「家督制度」がありましたが、戦後は民法が改正され共同相続・均分相続制度になりました。
その後、家族形態の変化に応じて相続の実態は変化していきます。1980年には全世帯に占める三世代同居は50.1%を占めていましたが、2018年は10.0%まで減少しました。一方、単身世帯は10.7%から17.4%、夫婦のみ世帯は16.2%から32.3%へと増加しました。
現代では単身世帯、子どものいない夫婦など家族形態も様々になり、相続の多様化が進んでいます。一般的には、親の介護と相続の間には交換関係があります。
しかし、その関係も多様化しています。親と同居している長男やその配偶者が親の介護をするとは限らず、別居している別の子どもやその配偶者、あるいは孫のように非同居の法定相続人でない者が介護の貢献度が大きい場合もあります。
2019年の民法改正により、法定相続人でない者にも、相続時には介護の貢献度に応じて、相続人に対する金銭の請求が認められるようになりました。
また、長寿も相続に大きな影響を与えるようになりました。人生の後半で認知機能が低下し、相続の決定ができなくなる高齢者も多くなりました。遺言がない場合は親の意向も曖昧となり、相続人間の揉め事も多くなっています。
大相続時代の到来に伴い、親の認知機能が低下する前に、相続に向けた準備をすることも重要になっています。
寿命の伸長により、相続のタイミングが遅くなる傾向があり、相続人もまた高齢者という老々相続も増えています。1989年は相続人が50歳未満と推定される割合は60%と、消費が旺盛な世代へ移転ができていましたが、2016年は31%へ低下しています。
老々相続が続くと、ますます資産が高齢者に集中し、資産が活用されずに経済が停滞していく可能性があります。生前贈与の優遇など、資産活用の活性化が必要になります。
相続財産は、流動性の低い不動産の占める割合が高くなっています。相続財産に占める不動産の割合は、相続財産1000万円以下では43%、5000万円以下では21%と資産が少ないほど高くなっています。
不動産資産は、金融資産と異なり遺産分割しにくい点が課題です。この結果、流動性の低い不動産の多い相続ほど係争が多いことがわかります。
さらに、不動産の活用にも問題があります。2018年10月時点の空き家率は13.6%と増加傾向にあり、都市部に住む子どもが地方の家を相続した場合、相続した家には住まないケースが増えています。(慶應義塾大学駒村康平教授)
※9厚生労働白書(2016)「死亡数及び死亡率の推移と将来推計」より。
<抜粋箇所著者プロフィール>
駒村 康平(コマムラ・コウヘイ)氏
慶應義塾大学経済学部教授、ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター長1964年生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。国立社会保障・人口問題研究所、駿河台大学経済学部助教授、東洋大学経済学部教授などを経て、2007年から慶應義塾大学経済学部教授。厚生労働省顧問、社会保障審議会委員(年金部会、年金数理部会、生活保護基準部会部会長、障害者部会部会長、生活困窮者自立支援及び生活保護部会部会長代理、人口部会)、金融庁金融審議会市場WG委員、社会保障制度改革国民会議委員など。著書に『日本の年金』(岩波書店)、『社会政策』(有斐閣)、『中間層消滅』(角川新書)、編著に『検証・新しいセーフティネット』『社会のしんがり』『みんなの金融』(新泉社)など多数。