「老後資金の目安は2,000万円」といわれますが、この金額はすべての人に当てはまるわけではありません。その点を誤解していると、老後に向けた最適なプランを立てることが難しくなります。まずは、なぜ「2,000万円が必要」といわれているのか、根拠を知るところから始めましょう。
目次
老後資金2000万円が必要なのは、どんな人なのか
「2,000万円」は、2019年に金融審議会市場ワーキング・グループがまとめた報告書「高齢社会における資産形成・管理」において、高齢夫婦無職世帯に不足している金額として記載されたものです。
試算上の条件と具体的な数値は、以下の通りです。
高齢夫婦の定義
高齢夫婦は、「夫65歳以上・妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯」と定義されています。老後生活のシミュレーションは定年退職後を想定しているものが多く、公的年金受給開始年齢である65歳から「老後」が始まると考えるのが一般的です。
老後期間は30年間として計算されています。厚生労働省の統計調査では、2019年の平均余命は男性が81.41 年、女性が87.45 年です。夫が定年退職した時に60歳だった妻が、平均余命の年齢まで生きることを想定したものと考えられます。
ただし、老後生活が始まる時期は家庭によってさまざまであり、余命についても人によって大きく異なります。そのため、自身のケースを考える際は、夫婦の年齢差に基づいた「老後期間」の調整が必要です。
老後生活費では、どのような支出が大きいのか
この試算では、1月あたりの支出額が約26万円となっています。
支出が最も多い項目は食費の約6万円で、次いで納税や社会保険料などの非消費支出が約3万円となっています。家賃やローン、教育費や仕送り金などは、この時点では負担していないという想定です。
しかし、生活費は家族構成や環境によって大きく異なるため、平均値を参考にしてもあまり意味がありません。
現時点の生活費をもとに、教育費や住宅ローンといった「期間限定の大きな支出」を除くと、老後生活費の目安がわかります。
生活費以外に必要となる老後資金
今回の試算には含まれていませんが、実際の老後生活では生活費以外にもさまざまな支出が発生します。参考として、どのような支出が発生するのか確認しておきましょう。
生活費以外の支出 | 概要 |
---|---|
医療費 | 日本人の健康寿命は男性が約72歳、女性が約75歳といわれています。つまり、10年前後は医療費がかかる可能性が高いので、ある程度は入院費や手術費を用意しておく必要があります。 |
自宅の修繕費 | マイホームを購入している場合は、不定期でリフォーム費用やメンテナンス費用が発生します。 |
葬儀代 | 家族に負担をかけないように、自身の葬儀代を用意しておく高齢者は少なくありません。ケースによって金額は異なりますが、葬儀代の平均額は約180万円といわれています。 |
介護費 | 家族の負担を減らすためには、デイサービスや福祉施設などに支払う介護費も用意しておく必要があります。 |
お祝い費 | 結婚祝いや出産祝いなど、お祝いのたびに発生する支出です。孫がいる場合は、入学祝いや誕生日、お年玉などの資金も用意しておく必要があります。 |
他にも身内の葬儀代や娯楽費など、生活費以外の支出は少なくありません。老後資金にまったく余裕がないと、いざという時に対応できない恐れがあるので、その点にも注意しながら老後資金計画を立てましょう。
老後の収入源は公的年金がメイン
試算上の実収入は約21万円で、うち約19万円が社会保障(年金収入)です。
国民年金は満額受給の場合でもひと月あたり約6万5,000円なので、厚生年金も受給することを想定した金額と考えられます。
なお、国民年金に加入している人(自営業・フリーランスなど)と厚生年金に加入している人(会社員・公務員など)では、将来受給できる公的年金の種類が異なります。従って平均額ではなく、自身の受給額を確認しておくことが大切です。
-自営業・フリーランス、あるいは専業主婦(夫)など
自営業やフリーランス、専業主婦(夫)などが受給できる年金は、国民年金のみです。
【国民年金(老齢基礎年金)】
国民年金は、20~60歳まで保険料を納めると満額の老齢基礎年金を受給でき、未納月がある場合はその月数に応じて減額されます。満額はその年によって異なり、2021年2月時点では年額78万1,700円です。
夫婦ともに国民年金のみを受給する場合は、ともに満額受給であっても年額は合計156万3,400円で、ひと月あたりの金額は約13万円です。
-会社員・公務員など
会社員や公務員は、国民年金に加えて厚生年金も受給できます。
【厚生年金(老齢厚生年金)】
厚生年金は、企業を通じて加入します。年金額は加入期間と収入によって異なり、ひと月の平均額は約15万円です。ただし、現役の時の収入などによって大きく変わるため、自身の受給額を知っておく必要があります。
なお、厚生年金は加入期間が1年以上ある場合に受給資格が生じるため、過去に納めていた分も受け取ることができます。
-年金受給額(見込額)は、ねんきん定期便・ねんきんネットで確認
国民年金・厚生年金ともに、以下の方法で受給額を確認できます。
・ねんきん定期便
毎年誕生月に届く通知はがきに、その時点の納付状況や受給見込額が記載されています。
・ねんきんネット
納付状況や受給見込額を確認できるサイトです。ログインには年金番号と別途発行されるIDなどが必要ですが、登録しておくと年金についての最新情報を随時確認できます。
(収入-支出)×毎月×老後期間=老後生活での赤字額
ここまでの内容を踏まえると、以下の式で必要な老後資金を計算できます。
実支出約26万円-実収入約21万円=約5万円
約5万円×12ヵ月×30年間=2,000万円
つまり、「老後資金は2,000万円必要」の根拠は「月々5万円の赤字が30年間継続すること」です。ただし、試算の数値は各項目の「平均額」を用いているため、すべての人に当てはまるわけではありません。
必要な老後資金は生活事情によって大きく変わるので、老後生活費や年金受給額は事前に確認しておくことをおすすめします。
高齢者の平均貯蓄額はどれくらい?
内閣府が公表した「高齢社会白書(平成29年版)」によると、高齢者(60歳以上)の平均貯蓄額は2,396万円です。平均値だけを見ると老後資金に困っている人は少ないように思えますが、中央値を見ると1,592万円まで下がります。
必要な老後資金を2,000万円と仮定すると、高齢者の半分以上は老後資金が不足していることになります。実際、内閣府による「高齢者の経済生活に関する調査(令和元年度)」では、約半数が「貯蓄総額は1,000万円未満」と回答しました。
したがって、経済面で不安を感じることなく老後生活を送るためには、できるだけ早く老後資金を貯め始めることが大切です。高齢者になってから貯蓄を増やすのは難しいため、遅くとも50代に差しかかる前に老後資金計画を立てておいたほうがよいでしょう。
ゆとりのある生活を送るにはどれくらいの資金が必要?
「ゆとりのある生活」の定義は人によって異なりますが、ここでは娯楽費として月2万円、旅行費として年間7万円(国内旅行2回分)を使えるのが「ゆとりのある生活」と仮定します。
老後生活を30年間と考えると、必要な娯楽費・旅行費は以下のように計算できます。
娯楽費=2万円×12ヵ月×30年間=720万円
旅行費=7万円×30年間=210万円
ゆとりのある老後生活を送るためには、娯楽費・旅行費だけで1,000万円程度の資金が必要になることがわかります。前述の「生活費以外の支出」も含めると、さらに多くの資金を用意しなくてはなりません。
特に持病がある人やマイホームを持っている人は想定外の出費が発生しやすいので、その点も踏まえて老後資金計画を立てましょう。
赤字解消のために、将来の収入を増やす方法を考える
自身のケースで試算した結果が赤字だった場合は、それを解消する手段を考えましょう。
赤字の解消には支出の見直しが有効です。しかし、老後の支出を今からコントロールすることはできません。
そこで、まずは将来の収入を増やす方法を考えてみてはいかがでしょうか。ここからは、収入を増やすための方法を3つのステップで紹介します。
Step1:公的年金の受給額を増やす
主な収入源が公的年金である場合は、年金額を増やすことを考えましょう。
-iDeCo(確定拠出年金)
iDeCoは、専用の口座を通じて資産を運用し、その成果を将来の公的年金に上乗せできる私的年金制度です。最低投資金額は月5,000円からで、上限額は勤務形態などによって異なります。
積立金は全額所得控除となるほか、全期間を通して運用利益に税金がかからず、受取時にも税制優遇があるため、大きな節税効果が期待できます。ただし、原則60歳まで資産を引き出せないため、老後まで運用を続ける覚悟が必要です。
-国民年金基金・付加保険料
国民年金加入者のみを対象とした制度ですが、次のうちどちらか一方しか選択できないことに注意が必要です。
【国民年金基金】
国民年金基金は、別途保険料を納めることで生涯年金額を増やせる制度です。保証期間や遺族一時金の有無などが異なるタイプがいくつかあり、1口単位で組み合わせることができます。保険料は、年齢や性別をもとに算出されます。
【付加保険料】
毎月の国民年金保険料に付加保険料を上乗せすると、将来の受給額を増やせます。付加保険料は月額400円、付加年金額(年額)は「200円×付加保険料納付月」で計算します。
例えば、400円×12ヵ月×40年間=19万2,000円を納めると、付加年金額は200円×12ヵ月×40年間=9万6,000円になります。増額は一生涯続くため、年金を2年以上受給すると元が取れます。
-公的年金の繰り下げ受給
年金受給開始は通常65歳ですが、それを繰り下げる(遅らせる)ことで年金額を増やせます。繰り下げ期間は1年後(66歳0ヵ月)から5年後(70歳0ヵ月)までで、国民年金と厚生年金の両方で任意の期間を設定できます。
この制度では、繰り下げ期間1ヵ月につき受給額が0.7%増額され、この増額率は一生涯続きます。例えば受給を70歳まで繰り下げると、以下のように受給額は42%増額されます。
○繰り下げ受給のシミュレーション(一例)
65歳時点で受給額が78万1,700円の場合、70歳まで繰り下げると受給額は以下のように変わります。
受給額(年間)=78万1,700円×42%=111万14円
1ヵ月あたりの増額分=(約111万円-約78万円÷12ヵ月)=約2万7,500円
Step2:公的年金以外の資産を準備する
次に、公的年金を増やしても足りない分を補う方法を考えます。以下で紹介するもののうち、すでに準備できている資金があれば、受け取るタイミングと金額を確認しておきましょう。
-退職一時金
勤務先からの退職金を期待している人は、まずは退職金制度があるかどうかを確認しましょう。従業員に退職金を支払うことは、企業の義務ではないからです。
退職金制度を設けている会社では、就業規則に支払条件や計算方法が記載されています。記載がなくても、慣例として退職金を出しているところもあるため、担当部署などに確認しておきましょう。
-企業年金(退職年金)
退職年金として、企業年金制度を導入している会社もあります。
例えばDC(企業型確定拠出年金)は、企業が用意した掛金を従業員個人が運用し、その成果を将来の公的年金に上乗せして受け取れる制度です。原則60歳まで受給できませんが、途中で転職や退職をした場合は、転職先のDCやiDeCoに移すことができます。
-財形貯蓄
導入している企業の従業員が、福利厚生の一つとして利用できる制度です。
給与や賞与から天引きして積み立てる「先取り貯蓄」で、利息に対する非課税措置などの税制優遇があります。使途が自由なもののほかに、60歳以降に有期年金として受け取る年金貯蓄などもあります。
-生命保険・個人年金保険
生命保険の貯蓄商品は以前ほど増えなくなったものの、銀行の普通口座に預けるよりは有利です。元本が保証されているものが多く、しかも固定金利なので、加入時に満期額(解約返戻金額)を確認できます。
-個人向け国債
個人向け国債は利率が低い金融商品ですが、最低金利(税引前0.01%)が保証されています。元本も保証されており、かつ少額から(最低金額100円)購入できるため、投資初心者でも気軽に始められます。
発行から1年が経過すれば、自由なタイミングで中途換金できる点もメリットです。
-株式投資
株式投資では売買による値上がり益のほか、配当金や株主優待などの利益も得られます。また、100株未満から購入できる株式(単元未満株)も多いので、投資資金が少なくても問題なく始められます。
ただし、株式投資では元本が保証されないため、損失を被るリスクがあります。
-投資信託
より多くの銘柄に投資をしたい場合は、証券会社や銀行などの専用口座から投資信託を購入する方法もあります。つみたてNISAのように銘柄が限定されないため、投資先によってはハイリターンも期待できます。
-一般NISA
株式や投資信託などに投資をする一般NISAは、毎年120万円の非課税枠が設けられている制度です。運用利益が最長で5年間非課税となるため、節税をしながら効率的な資産形成を目指せます。
-つみたてNISA
つみたてNISAには毎年40万円の非課税投資枠が設けられており、最長20年間運用利益が非課税になります。投資商品は低コストの投資信託、運用スタイルは積立投資に限られており、投資初心者でも効率的な資金形成が可能です。
※株式投資や投資信託、NISAについては、すべて元本割れのリスクがあります
Step3:老後を先延ばしにする
健康状態や環境によっては、老後を先延ばしにする方法もあります。
総務省の調査によると、65歳以上の就業者数は約900万人に上ります。最近は国や自治体も高齢者雇用を支援しているため、シニア層にとっては働きやすい環境がさらに整っていくでしょう。
この方法と年金の繰り下げ受給を併用すれば、収入を得ながら年金を増額することも可能です。
平均値より、自身のケースを考えることが大切
平均値は目安を知るためには役立ちますが、あくまでも参考に過ぎません。安定した老後生活を送るためには、「自身のケース」に当てはめて計算することが大切です。
不安を抱えたまま老後を迎えないように、今できることから始めましょう。
※本記事は投資に関わる基礎知識を解説することを目的としており、投資を推奨するものではありません。