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目次
要旨
米中はダメージ・コントロールを意識した関係に
米大統領選挙で当選確実となったバイデン氏が国務長官らの人選を公表する中、米中関係の今後に対する関心が高まっています。米国の対中政策としては、①既存の米中合意の継続、➁中国からの輸入に過度に依存する状況の見直し、➂追加関税措置の継続、④CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への加入の検討—が当面の柱になるとみられます。これに対して、中国の対米政策は、将来、米国が知的財産権や人権、貿易不均衡などの問題をきっかけに制裁措置を講じる際のダメージをコントロールすることに主眼が置かれるとみられます。
米中が関わるサプライチェーン網が中長期的にデカップリングする可能性
今後は、米中関係の変化に合わせた企業側の対応も強まるでしょう。製造企業は、米国が関わるサプライチェーン網と中国が関わるサプライチェーン網とを交わらせない体制を、時間をかけて徐々に構築していく可能性があります。米中のサプライチェーン網がデカップルするという事態が仮に生じるなら、その影響は米中を含むサプラーチェーンの中で重要な役割を担う日本や、そして中国以外のアジア諸国・地域に広範な影響をもたらすでしょう。
米中デカップリングがもたらす3つの環境変化
米中のデカップリングが進行する場合、①ASEAN・インドへの直接投資の増加、➁デカップリングのサービス分野への波及、➂米中貿易の縮小—につながる可能性が注目されます。
米中はダメージ・コントロールを意識した関係に
11月23日、トランプ大統領がバイデン氏への政権移行手続きの開始を容認したことで、バイデン氏が大統領職に就いた場合に米中関係がどうなるのかについての市場の関心が高まりつつあります。バイデン氏の政権移行チームは、同日に外交・安全保障分野での主な人事を公表しましたが、対中政策の鍵を握るとみられる国務長官と国家安全保障担当補佐官には、それぞれ、アントニー・ブリンケン氏(オバマ政権での国務副長官)、ジェーク・サリバン氏(オバマ政権下でのバイデン副大統領の安全保障問題担当補佐官)が起用されました。両氏は、今後「中間階層のための外交政策を遂行する」という方針を明らかにしているバイデン氏の下で対中政策を遂行していくことになります。以下では、米中の政策的対応とそれに対する企業の反応やその意味合いについて、中長期的な方向性を検討したいと思います。
連邦議員の多くが中国に対するより厳しい見方を支持する状況下、バイデン政権が中国に対して知的財産権などの分野での現状改善に取り組む場合には超党派的なサポートが得られるとみられます。バイデン政権としては、2年後の中間選挙、4年後の次期大統領選挙において、中国への姿勢を共和党から批判される状況を避けたい点も対中強硬策を遂行するインセンティブになるとみられます。米国がこうした対中政策を採用する場合、中国も同様の考え方に立って対米政策を遂行するとみられ、米中両国が互いを戦略的な競争相手としてとらえる傾向が強まるとみられます。
こうした中、米国は、米中間の貿易において中国が多額の貿易黒字を享受している現状を正す動きを強めることになるでしょう。既にトランプ政権下で締結された米中合意では、中国は米国からの輸入を大幅に増加させると約束しましたが、バイデン政権でこの措置が停止される可能性は高くないとみられます。一方、米国では、中国からの輸入を抑制する政策を実施する動きが強まると思われます。米中関係が中長期的に悪化する公算が大きい中、薬品やエレクトロニクスなど、米国が中国からの輸入に過度に依存している分野では、調達先の多様化や米国内での生産を奨励する政策が採用される可能性が高まります。これは、将来に関係が悪化する際に被るダメージをできるだけコントロールする措置という面もあります。また、トランプ政権下で実施された追加関税措置については、追加関税の継続が米国の対中貿易収支の改善に寄与することを踏まえ、継続される公算が大きいと考えられます。
その一方で、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)については、バイデン氏は現時点で態度を明らかにしていませんが、中国の習近平国家主席が11月20日にCPTPPへの加入を前向きに検討すると発言したことでこの問題を取り巻く環境が大きく変わったと思われます。私は、バイデン氏がこれまで表明した「同盟国とより連携を深めて中国に対処する」との考え方に基づき、米国がCPTPPにまず加入することで、①中国によるCPTPPへの加入を事実上阻止するか、➁CPTPPによる中国の加入審査において中国市場の開放を促そうとする―動きが出てくるとみています。
他方、中国でも対米政策が変化しつつあります。バイデン政権下で米国の政策が変化することが見込まれる中、中国の政策は、将来、米国が知的財産権や人権、貿易不均衡などの問題をきっかけに制裁措置を講じる際のダメージをコントロールすることに主眼が置かれるとみられます。
中国は、10月に公表された第14次5カ年計画に関する提案において、内需中心の発展を目指すとともに、独自のイノベーションを通じた発展を図るため、戦略的新興産業として、次世代情報技術やバイオテクノロジーなどの分野に力を入れる方針を明らかにしました。この方針は、米中関係の悪化を見据え、米国による対中制裁措置が実施された際の悪影響を抑制するとともに、米国の技術や米国からの輸入に頼らずに国際競争力を向上させることを意図したものとみられます。また、中国は、9月に中国版のエンティテイーリスト規定を導入した後、12月に輸出管理法を施行する予定ですが、これらの政策には、米国が制裁措置を実施する際に、中国側も同様の方法で報復措置を実施する可能性を示すことで、米国に制裁措置の実施を思いとどまらせようとする狙いがあるように思われます。
一方、RCEP(地域的な包括的経済連携)の交渉で大筋合意が成立したことは、中国にとって大きな成果でした。RCEPで関税などの域内貿易のハードルが引き下げられることで中国を含む域内のサプライチェーンを強化する力が中期的に働くとみられますが、これは、中国にとって、米国が将来何らかの制裁措置を講じる場合のダメージを和らげる効果をもたらすことになります。
米中が関わるサプライチェーン網が中長期的にデカップリングする可能性
米中関係が変化する中で、企業活動にはどのような変化が起きるでしょうか。バイデン政権が誕生しても、米中関係の変化が将来のビジネス環境に及ぼす悪影響についての不透明感は払拭されません。グローバルにビジネスを展開する製造企業には、こうした不透明感が残る中、米中関係の変化が将来経営にもたらすダメージを想定し、それをなるべくコントロールできるようなサプライチェーン網の構築を中長期的に進めていく動きが出てくるでしょう。具体的には、製造企業が、米国が関わるサプライチェーン網と中国が関わるサプライチェーン網とを交わらせない体制を、時間をかけて徐々に構築していく可能性があります。
これまでの製造業におけるサプライチェーン網は、生産コストや労働力の確保しやすさ等が重視される形で多くの国・地域の間で重層的に形成されてきました。しかし、将来の米中関係を巡る不透明感が大きいことを踏まえると、製造企業は、米中両国が関わるサプライチェーン網をデカップリングさせることで、米中のどちらかが制裁措置を発動した場合に及びかねない悪影響の抑制に努めようとするでしょう(図表1)。
米中のサプライチェーン網がデカップルするという事態が仮に生じるなら、その影響は米中を含むサプラーチェーンの中で重要な役割を担う日本や、そして中国以外のアジア諸国・地域に広範な影響をもたらします。例えば、エレクトロニクス分野では、現状では、日本や韓国、台湾が作る部品を中国に輸出し、中国での組み立て工程を経た製品が、欧米に輸出されたり、中国国内で消費されるケースが多いとみられます。これに対し、米中がデカップリングする場合は、米国向けの輸出については中国での組み立てを止め、他の国・地域での組み立て体制に変更することを意味します。国際的なビジネスに関わる製造企業には、米中関係の変化がビジネス環境に悪影響をもたらす可能性を念頭に置き、サプライチェーンの変更などに柔軟に取り組む姿勢が求められる可能性があります。米中対立が速いペースで進む場合には、米国関連ビジネスと中国関連ビジネスを分社化するなど大胆な対応が必要になるケースも出てくるでしょう。
サプライチェーン網のデカップリングだけでなく技術のデカップリングが生じる可能性も出てくるでしょう。例えば、今後の米国の政策次第では、自国内で独自に開発された先端技術を使った米国製の製品の中国への輸出を禁止する措置を講じるようなケースもが想定できます。企業がその可能性を強く意識する場合、それらの企業は中国を除く地域だけでその製品を販売する方針を採るかもしれません。
米中デカップリングがもたらす3つの環境変化
最後に、以上のような動きが顕在化する場合、マクロ・ミクロ面で連鎖的に生じる可能性がある動きについて3つ挙げたいと思います。第1に、米中のデカップリングの進行とともに、中国に進出している外資系の製造企業が、ASEAN・インドなど中国以外の地域に製造拠点を移転させて米国向けの輸出を行うケースが増加すると見込まれます。また、中国企業でも同様の動きが出てくる可能性があります。これらの動きが、今後、ASEAN・インドにおける直接投資の増加や輸出の増加をもたらす公算が大きく、投資先としてのこれらの地域の魅力を高めることになるでしょう。第2に、米中のデカップリングは製造業だけではなく、金融業などのサービス業でも生じる可能性があります。米中が何らかのイベントを契機として制裁合戦に入る場合には、そのダメージが製造企業に留まるとは考えない方が良いでしょう。第3に、マクロ的にみた米中間の財・サービス貿易額は中長期的に縮小していく可能性があります。多くの企業が米中双方による潜在的な制裁措置に対するダメージ・コントロールを意識した戦略を遂行する場合、米中は経済的な依存関係を希薄化させていくことになります。米中関係の行方は米中双方の政策の動きに大きく依存します。今後の政策の動きに引き続き注目していく必要があるでしょう。
木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト
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MC2020-176