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目次
〔要旨〕
今後予想されるFRBの利上げ回数は?:市場は、FRBが需要を減少させ、インフレを抑制しようとするために、より多くの利上げが必要になると考えている
市場の反応:より積極的な引き締めは、FRBが米国の景気サイクルを停滞させ、景気後退を引き起こす可能性を高めると懸念される
FRBの課題:FRBは米国経済をソフトランディングに導くことができると考えられるが、インフレ率を低下させるためにより積極的な引き締めが必要となれば、それは困難になるだろう
市場はFRBによる何回の利上げを予想しているのか?
予想以上に悪化した米CPIやミシガン大学の消費者期待インフレ率を受け、市場ではFRBによる今後の利上げ回数の見通しが大きく上昇
米国市場は過敏に反応
米国金融市場では、逆イールドが発生(10年債利回りが2年債利回りを下回る)し、S&P500種指数が直近の高値から20%以上下落
グローバル金融市場の反応
欧州・英国・アジアの株式市場も大きく下落
中央銀行にとって難しい対応をとらざるをえない局面に
各国・地域の中央銀行は、インフレ圧力と期待を低下させるために、経済成長のスピードを急速に減速させる必要があり、FRBは市場が現在予想しているほど金融引き締めを積極化させなくてもよい可能性も
明るい材料はあるのだろうか?
米国のコアCPIの上昇率の落ち着き、物価高騰による需要減退の可能性などから、FRBがタカ派する圧力が弱まる可能性
今週の注目点
今週開催のFOMCとパウエルFRB議長の会見に注目
ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私の好きな映画のひとつに「ジョーズ」があります。この映画にはたくさんの名セリフがあります(特にクイントの「フーパーは船を運転しろ、チーフ」というセリフが好きです)。しかし、私がもっとも好きなセリフは、ブロディ警察署長が実際に初めてホオジロザメを見たときに発せられた言葉です。そのとき初めて、彼は、自分たちが巨大な生物を相手にしていることを理解するのです。彼は神経質になりながら、「もっと大きな船が必要だ」と口にしました。
6月10日(金)は、少なくとも金融市場に関する限り、米連邦準備理事会(FRB)にとって「より大きな船が必要」となる瞬間でした。5月の米消費者物価指数(CPI)は前年比8.6%と市場予想を上回り、前月の8.3%も上回りました 1 。つまり、インフレはまだピークに達していないのです。さらに悪いことに、来月のインフレ率が8.6%を下回ったとしても、原油などのコモディティ価格が再び上昇していることから、その後のインフレ率が再び上昇するのではないかと心配する市場参加者もいる状況です。
市場はFRBによる何回の利上げを予想しているのか?
予想以上に悪化した米CPIやミシガン大学の消費者期待インフレを受け、市場ではFRBによる今後の利上げ回数の見通しが大きく上昇
重要なのは、市場関係者は、FRBがより大きな船を必要としている、言い換えれば、需要を減少させインフレを抑制するために、より多くの利上げを必要とする、と考えていることです。市場では現在、2023年初めまでの間に9~10回の利上げが見込まれており、今後3回の米連邦公開市場委員会(FOMC)ではそれぞれ0.5%の利上げが織り込まれています。また、一部の市場参加者は、FRBが次回の会合で0.75%の利上げを行う可能性があると考え始めています 2 。
FRBが金融引き締めを積極化させる可能性をさらに高めたのが、10日に発表されたミシガン大学の消費者によるインフレ予想でした。そこでは、消費者による5年先のインフレ期待が大きく上昇したことが示されました。FRBは、長期的なインフレ予想が比較的アンカーされている(安定的に維持されている)ことを確認することを望んでいます。なぜなら、長期的なインフレ期待が十分にアンカーされていないと、消費者は通常、物価が上昇すると仮定して現在の購買活動を行うことになり、それがインフレ圧力を悪化させ、インフレの粘着性が高まる可能性があるのです。
消費者による5年先の期待インフレ率は、ここ数カ月間3%で安定していましたが、6月の速報値では3.3%に上昇しました 3 。この数値はまだひどいものではなく、消費者による5年先のインフレ期待は、1980年代前半や1990年代前半はもっと高い水準でした 4 。しかし、これは過去10年以上において最も高い水準であり(世界金融危機時はさらに高い水準でしたが、すぐに低下しました)、長期的なインフレ期待がアンカーされている状況の弱まりを示唆しています。
米国市場は過敏に反応
米国金融市場では、逆イールドが発生(10年債利回りが2年債利回りを下回る)し、S&P500種指数が直近の高値から20%以上下落
積極的な金融引き締め姿勢をさらに強めることは、FRBが米国の景気サイクルを停滞させ、景気後退を引き起こすリスクを高めることから、市場はこの展開に大きく動揺しています。金利上昇と景気後退のリスクが高まる可能性があることから、10日(金)には株式市場と債券市場の両方で過敏に反応し、それは13日(月)になっても続いています。10日には、米2年債利回りが大きく上昇(債券価格は下落)し、3.04%を上回る水準で終わりました。同利回りは1日で0.23%上昇しており、13日(月)にはさらに上昇しました。また、米10年債利回りも10日に0.11%上昇して3.15%になりましたが、2年債利回りほどの上昇ではなく、13日(月)にも上昇しました。その結果、13日には一時、米10年債利回りが同2年債利回りを下回る逆イールドが発生しました。また、S&P500種指数は大きく下落し、 13日に2022年1月に付けた直近高値からの下落率が弱気相場入りの目安とされる20%に達しました。
グローバル金融市場の反応
欧州・英国・アジアの株式市場も大きく下落
10日(金)に発表された米国のインフレ指標は、世界の金融市場に影響を及ぼしました。FRBはある意味で世界の中央銀行と考えられており、FRBの行動が世界的な景気後退を引き起こす一因となる可能性があることを考えると、これは当然の反応と考えられます。先週開催された欧州中央銀行(ECB)理事会では、ECBが金融引き締めについてFRBほど積極的でないアプローチ(ただし、市場予想よりもタカ派でした)をとることが示唆されたにもかかわらず、10日の欧州株は下落しました。英国株も大きな打撃を受けました。カナダの株式市場も下落しましたが、より小幅な下落でした。これは、株価バリュエーションが低く、エネルギーやその他のコモディティの割合が高いというカナダ株式の市場構成を考えると、合理的と言えるでしょう。アジア市場は、米CPIの発表時点ですでに終了していましたが、13日のアジア株式市場は大幅な下落となりました。
中央銀行にとって難しい対応をとらざるをえない局面に
各国・地域の中央銀行は、インフレ圧力と期待を低下させるために、経済成長のスピードを急速に減速させる必要があり、FRBは市場が現在予想しているほど金融引き締めを積極化させなくてもよい可能性も
米国経済は明らかに大きな景気減速に向かいつつありますが、私はまだ、米国が景気後退を回避できるとみています。景気減速は決して悪いことではなく、インフレを抑制し、米国経済をソフトランディングさせるために必要と考えます。
米国や他の多くの主要国が直面している状況は、インフレ圧力と期待を低下させるために、経済成長のスピードを急速に減速させる必要があるということです。中央銀行がより金融引き締めを積極化せざるをえなくなる前に、需要を十分に抑制させインフレ圧力を弱める必要があるのです。米国経済はすでに減速しており、今後さらに減速する可能性があります。ですから、私は、FRBは市場が現在予想しているほど金融引き締めを積極化させる必要はないのではないかと考えています。金融政策は手術道具ではなく鈍器であることを考えると、インフレを冷やしながらも景気後退を引き起こさない程度に米国経済を鈍化させることは、極めて微妙なバランスの上で成り立っています。もちろん、先週発表された消費者物価指数と消費者による期待インフレ率により、景気後退のリスクが高まりました。
米国以外の地域、特にエネルギー、食用穀物、金属などのコモディティの輸入に依存する欧州や新興国市場では、ロシア・ウクライナ紛争は、欧米や多くの新興国市場の経済再開とともに、コモディティ価格の高騰を引き起こしています。米国もこのインフレ圧力に直面していますが、エネルギーと食料品の輸出国であるため、欧州よりも影響が少ないと思われます。米国の消費者はすでに食品価格の上昇に危機感を抱いており、米国の財・サービスに対する需要が落ち込むことで、ヘッドラインのインフレ圧力が低下し、経済全体が鈍化する可能性があります。
しかし、一部のエネルギーは禁輸措置により供給が制限され、食糧もウクライナの港湾封鎖の影響を受けているため、欧州や新興国は物価が上昇しても供給不足に陥る可能性があります。また、ロシアやベラルーシが大量に輸出している肥料用の炭酸カリウムや肥料そのものも、制裁により入手が制限されるかもしれません。そしてこのことは、欧州が米国よりも厳しいインフレ圧力と経済成長への逆風に直面する可能性があることを意味しています。
以上をまとめると、今は、セントラル・バンカーであることが、ここ数年、あるいは数十年の間で最も大きな苦労を伴う時期であることがわかります。インフレ率を目標水準である2%前後に抑えながら、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後やロシア・ウクライナ紛争の中で変化した財・サービス・商品間の関係に合わせて経済を再調整することは、困難をともなう作業になるでしょう。
明るい材料はあるのだろうか?
米国のコアCPIの上昇率の落ち着き、物価高騰による需要減退の可能性などから、FRBがタカ派する圧力が弱まる可能性
さて、このような時に、投資家が安心できるような材料はあるのでしょうか?
- そう悪くないニュースは、コアCPIはまだ上昇しているものの、ピークを迎えたように見えるということです。そして、FRBは、すべての価格を網羅する総合インフレ率ではなく、食品とエネルギー価格を除いたコア・インフレ率に注目しています(FRBが重視するインフレ指標はコア個人消費支出です)。
- 先般お伝えしている通り、物価の高騰は需要を減少させることができるため、物価上昇の特効薬になりえます。10日に発表されたミシガン大学の消費者態度指数は非常に失望させられる内容でした。しかし、これは「悪い知らせは良い知らせ」であり、需要の減少とインフレの抑制につながる可能性があるため、FRBが金融引き締めを積極化させる圧力を弱めることにつながります。
- 今回のCPIは、間違いなく悪いニュースでした。しかし、私は常に、1つのデータがシナリオを変えることはないと信じていますし、このデータによって私たちの見通しが大きく変わることはないでしょう。私たちは引き続き、インフレ率はまもなくピークに達し、緩やかにではあるものの低下し始めると考えています。
- FRBは米国経済をソフトランディングに導くことができると考えます。ただし、インフレ率を低下させるためにより積極的な引き締めが必要になれば、それは困難になります。確かに、私たちは経済の先行きを楽観視しているわけではありません。中央銀行があまりに積極的な引き締めを行い、経済成長を阻害させるような「持続的インフレ」シナリオの可能性が依然として高まった状況にあると認識しています。
私たちは景気サイクルの減速局面にいると考えられることから、この環境下ではリスク資産(株式、ハイ・イールド社債)をひかえ目に選好すべきであると考えますが、政策の不確実性が高まる中で市場のボラティリティが高まる可能性が高いと考えます。今こそ、価格決定力と強いファンダメンタルズを備えたより質の高い企業・ビジネスに焦点を当て、リスク資産への投資を行うための識別と選択が必要だと考えています。
今週の注目点
今週開催のFOMCとパウエルFRB議長の会見に注目
今週のFOMCとパウエルFRB議長の記者会見に注目が集まっています。FRBが十分なタカ派的態度をとりつつも、変化するデータに対応することで米国経済を「ソフトランディング」に導くことができるとの自信を、パウエル議長が私たちに抱かせてくれると期待しています。私は、FRBがデータをもとに政策を実行し続けることが重要であると考えます。インフレだけでなく経済成長も重要であり、柔軟な姿勢でこの2つの使命のバランスをとることが、米国経済のソフトランディングの確率を高めると私は考えています。
ところで、「ジョーズ」では、ブロディ警察署長と2人の船員は、大きな船を手に入れることはありませんでした。彼らは最後には、小さな船でサメを殺すことができたからです。もしかしたら、FRBも同じような偉業を成し遂げることができるかもしれません。
クリスティーナ フーパー
チーフ・グローバル・マーケット・ストラテジスト
- 出所:CNBC、“Inflation rose 8.6% in May, highest since 1981”、2022年6月10日
- 出所:ブルームバーグ、2022年6月13日
- 出所:ミシガン大学消費者マインド調査、2022年6月10日
- 出所:ミシガン大学
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MC2022-084