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先週中に実際された日米ユーロ圏の中央銀行による会合を経て、グローバル金融市場では景気の先行きに対してより大きな関心が集まる展開となってきたようです。足元での米国株式市場では、景気後退を予想する見方が後退したことによる恩恵を受ける形で株価が上昇してきましたが、この点は既におおむね織り込まれているとみられることから、今後は景気減速のニュースが上値を抑制する展開になると予想されます。
ユーロ圏においては、足元での景気の悪化が株式市場にとっての重荷になっており、ユーロ圏株式の当面のパフォーマンスは米国株式のそれをやや下回る公算が大きいとみられます。
これまでのところ、日本銀行の政策変更に伴って金融市場が大きな混乱をきたす事態は回避できていると言えるでしょう。10年金利が現状のように0.6%程度までしか上昇しないのであれば、政策変更が日本の景気に及ぼす悪影響も限定的と考えられます。
先週中に実際された日米ユーロ圏の中央銀行による会合を経て、グローバル金融市場では景気の先行きに対してより大きな関心が集まる展開となってきたようです。先週のFRB(米連邦準備理事会)とECB(欧州中央銀行)の会合では、共に25bp(=0.25%)の利上げが決定されました。これは全くサプライズではなく、金融市場による事前の想定通りでした。金融市場が関心を寄せていたのは、両中央銀行が次回以降に予定される金融政策会合での追加的な利上げを示唆するかどうかでしたが、両行とも、「データ次第で決定していく」という判断を示しました。FRBのパウエル議長は、政策金利が実質ベースでみて既に引き締め的な水準に引き上げられたとの判断を示した一方、ECBの声明文は7月27日に引き上げた政策金利の水準が十分に引き締め的な水準になったことを示唆する内容となりました。後者については、具体的には、従前の声明文での、「理事会の将来の決定により、ECBの主要な政策金利が、インフレが2%の中期目標に向けて迅速に戻るために十分に引き締め的な水準に引き上げられることが確保される」という表現が、今回の声明文では「….(同上)….十分に引き締め的な水準に設定されることが確保される」 という表現に変更されました。両行による政策の発表を経て、金融市場では、今後のインフレ等の動向次第ではあるものの、米国とユーロ圏における今次金融引き締め局面での利上げが先週で最後になる可能性が高くなったとの見方が広まりつつあります。
こうして中央銀行による追加的な引き締めへの懸念がやや後退した欧米金融市場では、景気の先行きがより強く注目される展開になりつつあります。米国では、直近での消費者マインド関連指標の改善等もあり、景気後退を見込む市場関係者が少数派になりつつあります。これまで米国景気を支えてきた柱の一つである、米国家計の超過貯蓄は、数カ月先にはほぼ枯渇することが想定される状況になってきました。しかし、PCEデフレーターでみた前年同期比でのインフレ率が6月に3.0%まで低下し、平均時給の6月における前年同月比の伸び率である4.1%を下回るなど、実質賃金の伸び率がプラスに転じてきており、消費者の購買力が再び上向きつつあります。ただ、これまでの累積的な利上げによる悪影響が、金融機関による貸出態度の厳格化を伴って顕在化するとみられることから、2023年後半における景気の減速は避けられないと見込まれます。このため、米国株式市場では、2023年末までは、企業業績が悪化することへの懸念がなお強いままとなるでしょう。足元での米国株式市場では、景気後退を予想する見方が後退したことによる恩恵を受ける形で株価が上昇してきましたが、この点は既におおむね織り込まれているとみられることから、今後は景気減速のニュースが上値を抑制する展開になると予想されます。
ただし、テクノロジー銘柄を含むグロース株については、景気が減速する中でも中長期的な成長性に対する期待が高まる形で、バリュー株に比べてパフォーマンスが良好になる可能性が高いとみられます。特に、今後、インフレが金融市場の大方の想定通りに落ち着いてくる場合には、先行きの利下げがより明確に織り込まれることで長期金利が低下する公算が強まり、グロース株には追い風になると見込まれます。
なお、格付け会社のフィッチ・レーティングスが8月1日に米国国債の格付けを最上級のAAAから1ノッチ引き下げてAA+へと引き下げたことが米国長期金利の上昇や株安の動きをもたらしました。しかし、①米国の格付けを巡っては既にS&Pが2011年に同様の措置を実施しており、市場にとっては大きなサプライズではないこと、➁格下げの根拠とされた米国財政の悪化見通しは新しい情報ではなく、既に金融市場で織り込まれている内容であること、➂フィッチが新しい格付けの見通しを「安定的」としていること、④米国のカントリー・レーティングは従来通り、AAAに据え置かれたこと―を踏まえると、格下げによる金融市場への影響は限定的かつ一時的と見込まれます。とはいえ、この格下げが、日銀の政策修正とともに米国長期金利の今後の低下の障害になるリスクは残っており、今後の市場の動きを見極めていく必要があります。
一方、2024年後半には米国の前期比年率ベースでの経済成長率が、1%台後半とみられる潜在成長率近辺まで回復してくるとみられます。この見通しが今後も維持されるのであれば、景気回復の半年前程度のタイミングにあたる今年末頃に株価が景気回復を織り込んだ上昇基調に転換すると想定されます。このメインシナリオに対する最大のリスクは、当レポート先週号(「7月FOMC―今後の関心は利下げと景気動向」、7月27日発行)で指摘した通り、政策金利の高止まりが続くリスクです。6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)で示された経路に沿ってFFレートが推移する場合には、2024年を通して引き締め的な金融政策による景気へのマイナスの影響が続き、2024年後半における景気回復が困難になる可能性が高いと考えられます。
ユーロ圏においては、足元での景気の悪化が株式市場にとっての重荷になっています。2023年に入って比較的堅調に推移してきた株価が5月以降に横ばい圏に入り、米国株や日本株の上昇率に劣後する状況となったのは、ユーロ圏のサービス業PMIが4月直近のピークである56.2ポイントを付けた後、51.1ポイントを記録した7月にかけて継続的に低下したことと整合的です。ユーロ圏では基調的なインフレ率が高止まっており、消費者の実質購買力が低下する状況が長引いているうえ、世界的な在庫調整の動きを受けて製造業の業況も弱いままとなっています。また、足元においてユーロ圏主要国の失業率がNAWRU(賃金を加速させないような失業率)を下回っていることを踏まえると、利下げのハードルは高く、初回の利下げは2024年央になって初めて可能になると見込まれるうえ、その後も速いペースでの利下げは期待しにくく、金融政策が引き締め的な状態が米国よりも長期間続く可能性があります(当レポートの7月13日号、「ECB政策の行方—来年はFRBよりも引き締め的に」をご参照ください)。
ユーロ圏株式の当面のパフォーマンスは米国株式のそれをやや下回る公算が大きいとみられます。ただし、ユーロ圏株式のPER(株価収益率)は、過去の長期的な水準と比較すると割安であることから、米国と同様に2024年後半の景気回復を見込んで株価が上昇基調に入るとみられる2023年末頃からは、株価の上昇率が米国並みかそれ以上の水準に加速する可能性があります。
欧米に比べて日本の景気が良好な状況は足元でも維持されています。7月28日に実施された日銀によるサプライズ的な政策の変更は、日本の企業や消費者のマインドに悪影響を及ぼすリスクがあります(筆者によるフラッシュレポート「日銀のYCC柔軟化と今後の見通し」⦅7月28日発行⦆をご参照ください)。しかし、政策変更の翌営業日となる7月31日に10年金利が0.6%を上回った後に日銀が臨時の買いオペを実施し、長期金利の上昇を抑制する姿勢をみせたことで、金融市場では日銀が大幅な長期金利の上昇を容認しないという認識が広がり、ドル円レートは再び円安方向に振れるとともに、日経平均株価も7月31日、8月1日の2日にわたって上昇に転じました。これまでのところ、日本銀行の政策変更に伴って金融市場が大きな混乱をきたす事態は回避できていると言えるでしょう。10年金利が現状のように0.6%程度までしか上昇しないのであれば、政策変更が日本の景気に及ぼす悪影響も限定的と考えられます。
今回の日銀による政策変更により、短期的に日銀の政策が追加的に変更されるという見方はほとんどなくなりました。ブルームバーグが7月31日に実施した調査では、年内に日銀が引き締め策を実施することを予想したエコノミスト・ストラテジストは、調査に回答した41人のうち、3人に過ぎませんでした。今後の長期金利を見通す上では、日銀が10年金利の上昇をどの程度まで容認するかという点が重要であり、その程度によって景気やドル円レート、株価に相応の影響が及ぶことが想定されます。
期待インフレ率の動きにもよりますが、今後、日銀が長期金利の上昇を0.7~0.8%程度の水準に抑制する限り、景気への影響は限定的であり、欧米に比べて日本の景気が相対的に良好であることを支えとして、年末頃までは日本株が欧米株を上回るパフォーマンスを達成する公算が大きいとみられます。リスクとしては、中国景気が今後下振れるリスクに注意が必要です。中国当局は、これまでに不動産分野の対策や民間消費刺激策を公表していますが、私の想定通り、これらの対策は比較的小粒であり、その意味では今年後半の中国景気が下振れるリスクがあります。その際には、素材などの製造業における需要の低迷が日本経済や中国需要への依存度が高い日本企業の株価に悪影響を及ぼす可能性があります。
ドル円レートについては、今後の米国と日本の長期金利差に左右されるとみられます。米国のインフレが今後徐々に落ち着いていくというメインシナリオ通りであれば、米国の長期金利が緩やかに低下し、それに伴ってドル円レートが円高方向に緩やかに動いていく展開を予想します。今後、日本の基調的なインフレ率は緩やかに上昇していく可能性が高く、それが2024年の春闘でのある程度の賃上げにつながると見込まれます。基調的なインフレが持続的に上昇するという期待が金融市場で高まるのに合わせて、2024年における日銀の金融引き締め政策への転換を予想する見方が強まる点も、ドル円レートの円高方向への変化を後押しする材料になると考えられます。
他方、私は、7月28日の植田日銀総裁による記者会見における次の発言に注目しています。
「日本銀行として、当然のことですが為替をターゲットとしていないということは変わりはありません。ただ、この副作用の話の中で、金融市場のボラティリティをなるべく抑えるというところの中に、今回は為替市場のボラティリティも含めて考えてございます。」(植田総裁の記者会見での発言からの抜粋⦅日銀発表資料より⦆)
この発言は、YCCの枠組みをを7月の会合で修正しないままであれば、為替市場のボラティリティが過度に高まる可能性があることに言及したものですが、これは、具体的には、2022年の3~10月にかけて10年金利の上限を0.25%にコントロールした状況下で大幅な円安が進行したエピソードのような状況を想定したものと推察されます。そうであれば、今後、何らかの理由で急激な円安の動きが出てくる際に、日本銀行がより高めの10年金利を容認することで、円安圧力を和らげようとする可能性があるのかもしれません。日本銀行は、表面上は、これまで通り、「為替市場に対して意図的に働きかけるような措置を実施しない」というスタンスを維持することになると思われますが、為替市場のボラティリティをなるべく抑えたいという植田総裁の発言は、円安が急激に進行する際には日銀が長期金利のコントロールを通じて円安の動きを抑制する可能性を示唆していると金融市場で判断される可能性があり、その可能性の存在自体が、為替市場における大幅な円安の進行に対するけん制力を働かせることになるかもしれません。
木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト
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MC2023-119