YCCの早期修正期待が残る理由

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要旨

黒田総裁時代のサプライズが記憶から消えない

4月10日の植田和男氏による日銀総裁就任記者会見での発言は、日銀が現行の大規模な金融緩和の枠組みや現状を短期的に変更する可能性が低いことをあらためて印象付ける結果となりました。金融市場では、早期のYCC政策修正観測が残ったままですが、これについては、黒田総裁時代のサプライズ的な政策変更が多くのエコノミストの記憶から消えないことが影響している面があるように思われます。

就任会見での植田発言を読み解く

4月10日の就任会見での植田総裁の発言を振り返ってみると、YCC政策が、金融仲介機能にもたらす副作用ではなく、経済・物価・金融のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)の変化を受けて変更される方向性が示された点が特に重要です。

日銀政策については、これまでの見通しを維持

会見での発言を受けて、2023年中の日銀の主たる政策変更は、フォワード・ガイダンスの修正にとどまるという、これまでの見方を維持します。長短政策金利の引き上げについては2024年の春闘後、2024年4-6月期に実施されると見込みます。YCC政策については、10年国債金利の上限が1.0%程度に引き上げられる段階で撤廃・大幅修正されると予想しますが、そのタイミングは2024年夏以降になると予想します。次回の日銀の政策決定会合(4月27~28日開催予定)では、フォワード・ガイダンスの修正についての考え方に注目したいと思います。

黒田総裁時代のサプライズが記憶から消えない

4月10日の植田和男氏による日銀総裁就任記者会見での発言は、日銀が現行の大規模な金融緩和の枠組みや現状を短期的に変更する可能性が低いことをあらためて印象付ける結果となりました。就任会見での植田総裁の様々な発言は2月における国会での答弁を踏襲したものであり、その意味ではサプライズはありませんでした。しかし、金融市場の一部では、今年の4-6月期にイールドカーブ・コントロール(YCC)政策の修正があるとの期待が強かったことから、金融市場では植田総裁の発言がハト派的と受け止められ、会見後の市場では、円安や日本株高の動きが顕在化しました。 植田氏は、YCC導入に直接携わっていない一方、YCC政策による副作用を認識していますが、金融市場での早期のYCC政策修正期待の多くは、現行のYCC政策によって市場機能が大きく損なわれているとの見方に立ち、植田氏であれば、就任後早めにYCC政策を修正するのではという考え方に立っているように思われます

しかし、私は金融市場における早期のYCC政策修正観測は、この点だけに依拠したものではないように思えてなりません。実のところ、黒田総裁時代のサプライズ的な政策変更が多くのエコノミストの記憶から消えないことが、そうした修正観測につながっている面があるように思われます。特に私の記憶に強く残っているのは、2014年10月に日本銀行が、量的緩和政策を大きく拡充した時のことです。それまでは日銀は長期国債の残高を年間で約50兆円のペースで増やす政策を遂行していましたが、当該会合では、これを80兆円に増額することを決定しました。これは完全なサプライズ緩和であり、当時エコノミストをしていた私を含むほとんどのエコノミストはこの政策変更を事前に予想することができませんでした。その後の2016年1月におけるマイナス金利の導入、2016年9月におけるYCC政策の導入についても同様です(もっとも、私は2015年からYCC政策の導入は不可避であると主張していました)。これまでの植田氏の発言を冷静かつ合理的に読み解く限り、早期のYCC政策修正は考えにくいと判断されますが、これまでの日銀の政策変更にサプライズが多かったことで、総裁の発言を文言通りに受け止めない見方が多くなってしまっているようです

また、金融市場において、エコノミストは、厳しい競争を闘っていますが、政策の大きな動きがあると予想することで、金融市場において自分を他のエコノミストと差別化することができます。現局面でも、「差別化しよう」というインセンティブが働きやすく、これが、金融市場において早期のYCC修正観測につながっている面があるように思えます。

就任会見での植田発言を読み解く

4月10日の就任会見での植田総裁の発言を振り返ってみると、特に重要なのは、以下の発言であったと思います。

「基本的にはYCCを大幅に修正するかどうかというのは、経済・物価・金融に関する情勢が基調的にどういうことかということで決めていくのが正しいかなと思います」

この発言は、YCC政策が、金融仲介機能にもたらす副作用ではなく、経済・物価・金融のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)の変化を受けて変更されることを示しています。金融市場にもたらす副作用については、植田総裁は昨年12月と今年1月の日銀会合で決定された措置の効果もあって、「イールドカーブの形状は総じて前よりもスムーズになってきて」いるという認識を示し、現時点では深刻な問題として認識していないことを示唆しました。

一方、金融市場での注目度が高い「検証」の実施については、植田総裁は前向きな考え方を示しました。具体的には、

「強力な緩和、ある意味では 二十何年続いておりますので、それ全体を総合的に評価して、今後どういうふうに歩むべきかというような観点からの点検や検証があってもいいのかなとは思っておりますが、この点は政策委員会で議論して決めていきたいというふうに考えております」

という発言です。

私は、ここでの「検証」は、必ずしも、政策のフレームワークを変えるための検証を意味していないと思います。今回の記者会見でも、2%のインフレ目標達成がなかなか達成できない点を問題視する質問がありましたが、植田氏が会見で示した見方によれば、達成が難しかったのは、主として、①外的なショックがあったこと、➁ゼロ金利制約があったこと―という点が金融政策の有効性を弱めたためでした。これらの点を踏まえると、私は、2%のインフレ目標達成に向けて制約があった点を明確にし、日本銀行への批判を和らげるような結果をもたらす検証が実施される可能性があると思います。

他方、記者会見での以下の発言にみられるように、植田総裁が2%の基調的なインフレの達成に向けて、足元の動きに期待感を抱いていることも注目されます。

「物価に関して良い動き、良い芽が出てきているということは確かかなと思います。別の表現で言えば、基調的なインフレ率が少し上がってきているという動きが出ている。更にそれについて、先ほどのご質問にもありましたように、賃金周りで更に少し良い動きが出ているということですので、これが持続してより高い基調的インフレ率、2%の安定的・持続的なインフレの達成ということにつながる可能性は十分あるというふうに思っております」

これと関連して、植田総裁が、今年の春闘にみられる「喜ばしい動き」が今後も続いて定着するかどうかを見極める必要性を認識していることも明らかになりました。

日銀政策については、これまでの見通しを維持

就任記者会見での植田新総裁の発言は、これまでの日銀政策についての私の見通しをサポートする内容でした(直近の見方については、当レポートの先週号「日銀短観3月調査と今後の日銀政策」、4月6日発行をご覧ください)。これを受けて、2023年中の日銀の主たる政策変更は、フォワード・ガイダンスの修正にとどまるという、これまでの見方を維持します。具体的には、現在コロナ禍を念頭に金融緩和を持続させるという内容になっているフォワード・ガイダンスが、データ次第では引き締め方向への政策変更もあり得るとする内容に変更されると予想します。長短政策金利の引き上げについては、ある程度の賃上げが見込まれる2024年の春闘後、2024年4-6月期に実施されると見込みます。YCC政策については、10年国債金利の上限が現行の0.5%から1.0%程度に引き上げられる段階で撤廃・大幅修正されると予想しますが、そのタイミングは2024年夏以降になると予想します。次回の日銀の政策決定会合は4月27~28日に開催されますが、声明文や総裁記者会見において、現行政策への何らかの変更が示唆されるかどうかが注目されます。フォワードガイダンスの修正が示唆される場合は、金融政策の正常化に向けての動きとして、為替レートが円高方向にふれる可能性があります。

木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト

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