コロナ禍によって拡大する所得・経済格差を是正する手段として、またコロナショックの経済復興策の一つとして、「富裕税」を巡る議論が再燃しています。
富裕税とは?
富裕税は、納税者の資産の正味公正市場価値に課される税金です。
課税対象となるのは、個人が所有している資産(現金や銀行預金、不動産、信託、株式など)から負債を差し引いた純資産です。「純資産税」や「資本税」などと呼ばれることもあります。
キングスカレッジロンドン政治経済学部のジュリアン・リンバーグ氏の研究によると、富裕税の歴史は古く1892年に世界で初めてオランダで恒久的に導入されました。以降140年間で多くの国が富裕税を導入しましたが、その多くは短期間で廃止されました。
1965年には8ヵ国、1990年には12ヵ国のOECD加盟国が富裕税を課していましたが、2020年時点で継続していたのは、わずか5ヵ国のみでした。
現在はノルウェーやフランス、スペイン、スイス、コロンビアなどにおいて、富裕税が課されています。
コロナ禍で注目されている理由
過去の富裕税の目的は戦争や不況で生じた経済ショックからの復興でしたが、近年は世界的な所得格差の解消策として再び注目されています。
多くの富裕層の主な収入源は、保有資産の価値が上昇することによるキャピタルゲインです。資産の大半を収益性の高い株式で保有している富裕層も多くいますが、株式の利益は売却しない限り課税対象になりません。
国際NPOオックスファムの調査によると、世界のビリオネア(約1,180億円以上を持つ資産家)の純資産がコロナ禍によって5兆ドル(約590兆円)増えた一方で、世界銀行は「2020年は世界の貧困人口が20年ぶりに増加に転じ、9,700万人が極貧生活に追い込まれた」と報告しています。
コロナ禍によって世界的に所得格差が広がった今、富裕税の導入を求める声はさらに高まっています。
世界の富裕税導入例
現在、富裕税を導入している国の事例を見てみましょう。
1989年から2018年まで、フランスでは「連帯富裕税(ISF)」と呼ばれる富裕税が導入されていました。連帯富裕税は130万ユーロ(約1億6,900万円)以上の個人資産を対象とする年間累進課税で、80万ユーロ(約1億400万円)以上の純財産に対して0.5~1.5%の税率が適用されます。2018年以降は連帯富裕税の代わりに「不動産資産税(IFI)」として導入されています。
スペインでは総資産額に応じて通常0.2~2.5%が課税されますが、エストレマドゥーラ州のように税率が最大3.75%の自治体もあります。ノルウェーでは純資産170万ノルウェークローネ(約2,210万円)以上に0.85%から0.95%、2,000万ノルウェークローネ(約2億6,000万円)以上に1.1%が課税されます。
アルゼンチンは2020年12月、コロナショックの経済復興策として1回限りの徴収を実施しました。対象は2億ペソス(約2億5,400万円)以上の資産に対し、税率は国内資産が2%~3.5%、国外資産が3%~5.25%でした。
米国「超富裕税」法案 成立すれば10年間で約355兆円の税収
米国においては、コロナ以前から「超富裕税(ウルトラ・ミリオネア・タックス)」の法案を巡る議論が続いています。
5,000万ドル(約59億円)以上の資産を有する富裕層に、1ドル(約118円)当たり年間2%の連邦税、10億ドル以上の資産を有する富裕層に1ドル当たり年間3%の税金を支払うことを求めるものです。
カリフォルニア大学バークレー校のエマニュエル・サエズ教授らは、法案が成立すると約10万世帯および1,000人のビリオネアが課税対象となり、10年間で約3兆ドル(約354兆円)の税収が見込めると試算しています。
2021年11月には、248人のビリオネアが富裕税の導入を求める文書に署名しました。バイデン政権の大型歳出法案「Build Back Better(より良い再建)法案」に「ビリオネア所得税(BIT)法案」を盛り込むことにより、所得税制の改革を促すことが目的です。
経済効果はいまひとつ?「効率的」「公平性」がカギ
富裕税は一定の税収を見込めますが、さまざまな課題も指摘されています。
そのひとつは、最低課税資産(課税対象となる資産額の下限)や課税率などが国によって異なるため、富裕層から効果的かつ公平に税金を徴収できていないことです。例えば、2020年のスイスの富裕税による税収は全体の5.12%を占めましたが、富裕税を課すOECD加盟国5ヵ国の平均はわずか1.5%でした。
既存の富裕税の対象は資産なので、土地や不動産など査定価格の高い資産を所有している場合、たとえ所得が低くても課税対象となります。実際、フランスの2016年の富裕税納税者の20%は年収4万9,000ユーロ(約637万円)以下、10%は3万3,000ユーロ(約429万円)以下でした。
また、導入のコスト・労力や資産評価の複雑さ、資産の国外移転などが原因で、オーストラリアやドイツが富裕税を廃止したことも、議論の焦点となっています。このような課題に対する解決策を模索し、効率的で公平な税制を確立できるかどうかが、富裕税普及のカギになるでしょう。
富裕層税には多くの課題がありますが、ニューノーマル時代の社会・経済の変化を踏まえて、今後はベーシックインカムとともに潜在的な影響や可能性が探究されるでしょう。Wealth Roadでは、今後も各国の富裕税の動向をレポートします。
※為替レート:1ドル=118円、1ユーロ=130円、1ノルウェークローネ=13円、1ペソ=1.27円
※上記は参考情報であり、特定企業の株式の売買及び投資を推奨するものではありません。