新型コロナウィルスの感染拡大を機に、「ベーシックインカム(最低限所得保障制度)」が注目を浴びています。多くの国が実験・導入を進める中で、そのメリットとデメリットが見えてきました。
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ベーシックインカムは「一定の金額を政府がすべての国民に支給する」という社会保障制度です。
基盤となったのはルネサンス時代 (14~16世紀)の貧困救済策で、世界各国で有効性や導入方法が長年にわたって議論されてきました。ベーシックインカムは、すべての人が経済的自由を手に入れることで生活の質や心身の健康が向上し、それによって社会全体が豊かになるという概念に基づくものです。
近年のワークライフバランスへの関心の高まりや高齢少子化対策、AI(人工知能)による業務自動化の加速などを受け、コロナ禍の以前から議論が活発化していました。現在は新型コロナウィルスが人々の生活や経済に深刻な影響を与え、世界の貧富格差が拡大したこともあり、さらに注目を浴びています。
これまでに多くの国・地域で条件付きのベーシックインカム、あるいはそれに類似する実験が行われていました。米メディアのVoxによると、2020年2月時点で世界130ヵ国が条件付きの現金支給プログラムを提供しています。
米国は、複数の実験を行っている国のひとつです。1968年から1974年まで、ノースカロライナ州やニュージャージー州、アイオワ州などで約7,500人に現金を支給したほか、2019年にはカリフォルニア州ストックトンで、125人に2年間月額500ドル(約5.7万円)を支給するプログラムを実施しました。
ブラジルでは1990年代から、低所得世帯に現金を支給する「ボウサファミリアプログラム」と呼ばれる長期的な実験が行われています。2020年には新プログラム「市民のベーシックインカム(Renda Basica de Cidadania)」がスタートし、リオデジャネイロの自治体マリカの約5万2,000人の住民が月額130レアル(約2,984円)を受け取っています。
ドイツでは、2014年にクラウドファンディングで受給者を世界中から募集するというユニークな実験が行われ、選ばれた500人は月額1,100ユーロ(約14.3万円)を1年間受給しました。2020年からは、120人のドイツ人に月額1,200ユーロ(約15.6万円)が3年間支給されています。
フィンランドでは、2017年に2,000人の失業者に月額500ユーロ(約6.5万円)が2年間支給されました。
2019年4月、イタリアは先進国の中でいち早く、実験ではなく経済構造の一部としてベーシックインカムを導入しました。
EU(欧州連合)委員会が同年7月に作成した報告書によると、これは「包括所得(REI/ Reddito di Inclusione)」と呼ばれる就労支援を組み合わせた制度で、同国の低所得層保障制度の代替として導入されました。
所得と資産の両方を考慮した経済状況指数値(Equivalent Economic Situation Indicator)が年間9,360ユーロ(約122万円)未満、居住している住宅以外に保有している不動産の価値が3万ユーロ(約390万円)未満、金融資産が1万ユーロ(約130万円)未満であることなどが受給条件となっています。
必要に応じて収入補填分と住居費補填分が支給され、受給資格がある世帯の成人は1人あたり年間6,000ユーロ(約78万円)の収入補填や、月額150~280ユーロ(約2万~3.6万円)の住居費補填を受け取れます。
このように多くの事例が報告されていますが、そのほとんどは対象を低所得層に絞るなど、限定的かつ非持続的なものです。そのため、全国規模ですべての国民を対象に導入した場合の影響は明らかになっていません。イタリアの例も導入から日が浅いため、データとしては不十分です。
これらを踏まえて、これまでに明らかになっているメリットを見てみましょう。
最低限の生活が保障されているという安心感から受給者のストレスが軽減され、「ウェルネスや生活の満足度、幸福度が向上した」「貧困地域の衛生状態や未成年者の学校の出席率が向上した」「貧困による犯罪率が低下した」「社会制度に対する信頼感が高まった」といったポジティブな影響が多く報告されています。
1982年からアラスカで実施されているベーシックインカムを分析した調査では、出生率の著しい上昇が報告されています。導入の翌年から1988年までのアラスカと他州の女性1,000人あたりの出産数を比較すると、アラスカでは新生児が11.3人多く生まれました。比較に使われたデータは、出生率がベーシックインカム以前のアラスカと同じ水準の州を統合したものです。
このようなメリットとともに、今後取り組みが必要な課題が浮き彫りになっています。
労働意欲の向上に貢献すると期待されていたベーシックインカムですが、大半の実験では「向上は見られなかった」あるいは「ほとんど変化はなかった」と報告されています。中には、イランの実験のように「労働意欲を低下させる」ことを指摘する声もあります。
労働意欲が低下することで働く人が減り、労働者不足が生じないように、就労に対するインセンティブの強化などが必要になるでしょう。
ベーシックインカムを実現する上で、財源の捻出・確保は極めて重要な課題です。増税やファンド(基金)、国債発行、貨幣発行益、あるいは既存の社会保障の代替などが活用・提案されていますが、各国の経済・社会構造を配慮した効率的かつ持続的なエコシステムを構築する必要があります。
前述のイタリアのベーシックインカムに対して賛否両論があるのは、もともと財政難にあえいでいた同国の財源を、ベーシックインカムがさらに圧迫するとの懸念があるからです。ちなみに初年度の予算は71億ユーロ(約9,228億9,610万円)と巨額であったため、後にEU委員会から制裁を受けることになりました。
繰り返しになりますが、現時点で明らかになっているメリット・デメリットは極めて限定的です。本格的な導入に向けて課題を特定するためには、より包括的なデータが必要になります。ベーシックインカムの手法はもちろんのこと、各国の経済的・社会的背景によっても効果や影響に差が生じるでしょう。
世界中で「持続可能な開発目標(SDGs)」への取り組みが加速している今、ベーシックインカムは現代社会が直面している問題の解決策として、今後さらに議論や実験が加速するでしょう。Wealth Roadでは今後も、世界のベーシックインカムの動向をレポートします。
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