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目次
要旨
中国が次期5カ年計画で「国内大循環」政策を推進する狙い
中国当局が10月に公表した第14次5カ年計画(2021~25年)の骨子で特に注目されるのは、「国内大循環を主体に、国内・国際ダブルの循環が相互に促進する新たな発展の枠組み」の構築が目指されている点です。中国は、来年以降に米中関係がさらに悪化するという環境の中でも、満足できる成長率を達成するため、米国の政策に左右される外需ではなく、内需を中心とした経済成長を目指す方針を打ち出したと言えます。
「国内大循環」で年率4~5%の中期成長率を達成するハードルは高い
中国が第14次5カ年計画の期間中に年率4~5%程度の経済成長率を達成するには、①そもそも内需中心で4~5%の成長率を維持することが容易ではないこと、➁内需中心で4~5%の実質GDP成長率を維持できたとしても、経常収支の赤字拡大を防ぐことが難しいこと―というハードルがあります。中国は、輸出競争力の向上と輸入代替によってこのハードルを越えようとしています。しかし、政策の不確実性を踏まえると、次期5カ年計画の後半期において経済成長率が3%程度の軌道に低下する可能性をみておく必要があるでしょう。
輸出への注力姿勢には変化なし
一方、オープンな自由貿易システムの大きなメリットを享受してきた中国は、なるべく長い間そのメリットを享受できるように、外交を含めたあらゆる努力をするでしょう。結局のところ、輸出をいかに維持し、伸ばしていけるかが中国の中期的な成長の姿を決定づけると考えられます。
中国が次期5カ年計画で「国内大循環」政策を推進する狙い
中国共産党は10月に開催された第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)で、2021年からの5年間をカバーする第14次5カ年計画についての提案を採択しました。中国当局は、来年3月に開催される予定の全国人民代表大会(全人代)において採択するための、より詳細な5カ年計画を現在準備していると考えられます。今回公表された5カ年計画の骨子で特に注目されるのは、「国内大循環を主体に、国内・国際のダブル循環が相互に促進する新たな発展の枠組み」の構築が目指されている点です。「国内大循環」は中国当局が最近使いだした新しい言葉ですが、この新しい方針は、これまでよりも内需を中心とした経済成長パターンを推進していくという意味に捉えることができるでしょう。
中国当局がこの提案を行ったのは、米国での大統領・議会選挙が実施される前ですが、その段階で、中国はトランプ氏、バイデン氏のどちらが大統領選挙で勝利しても、米中関係は悪化する可能性が高いと考えていたと思われます。中国は、来年以降に米中関係がさらに悪化するという環境の中でも、満足できる成長率を達成するため、米国の政策に左右される外需ではなく、内需を中心とした経済成長を目指す方針を打ち出したと言えます。当レポートの先週号「サプライチェーンを巡る米中デカップリングとそのインパクト」(2020年11月25日発行)で触れたように、バイデン政権が誕生したとしても、トランプ政権下で米国が中国からの輸入品に課した追加関税は廃止されないとみられるうえ、今後は、米国が関わるサプライチェーン網と中国が関わるサプライチェーン網とを交わらせない体制が構築され、その結果として中国への直接投資が減少することが見込まれます。
米中関係悪化によるダメージをコントロールするための経済戦略が、「国内大循環」政策であると言えます。中国当局には、内需中心の経済発展を目指すと宣言することで、米国などからの通商政策面での国内市場開放や知的財産権政策に関する圧力を和らげようとする意図もあるかもしれません。
「国内大循環」で年率4~5%の中期成長率を達成するハードルは高い
5カ年計画は、社会主義体制下にある中国の当局にとって極めて重要な目標であり、これまでは慎重に吟味された目標のほとんどが達成されてきました。しかし、次期5カ年計画で掲げられた「国内大循環」政策によって、これまで通りの経済成長率を達成するのは容易ではありません。中国当局はこれまでのところ経済成長率についての具体的な数値目標を掲げていませんが、今後5年間において、昨年までの成長率目標の目線である6%は言うまでもなく、年率4~5%程度の経済成長率を達成するハードルも決して低くないと考えられます。この問題についての中国の課題は、2つあり、第1に、そもそも内需中心で4~5%の成長率を維持することが容易ではない点が挙げられます。中国経済は、2016年以降、4年連続で6%台の成長率を記録しましたが、これは、積極的な財政政策を継続させ、不動産関連の投資の伸びをあまり抑制しないという政策の下で初めて達成できたものです。これらの政策は、政府債務の水準のさらなる上昇や都市部の不動産価格の大幅な上昇という副作用をもたらしました。今後、内需中心に4~5%成長の達成を狙う場合には、これらの副作用がさらに強まるリスクがあります。
第2の課題は、内需中心で4~5%の実質GDP成長率を維持できたとしても、経常収支の赤字拡大を防ぐことが難しい点です。内需中心の成長パターンで中期的に4~5%の実質成長率を維持するには、内需拡大に伴って、国内で消費する製品の原材料や設備投資のための資本財などかなりの輸入を増やす必要が出てきます。輸入が増加する場合、国際収支を安定させるには、①輸出をしっかりと増加させる、➁輸出をそれほど増やせない場合は直接投資やポートフォリオ投資などの資本収支をある程度黒字にする—のどちらが必要になります。米国の関係悪化が見込まれる中で、①の達成は容易ではありません。また、人民元が国際通貨ではなく、資本勘定の自由化が道半ばの中国にとっては、➁の手段で国際収支を持続的に均衡させることも簡単ではありません。
一方、中国には、総需要を政策的に抑制することで経常収支の大幅な悪化を防ぐという手もあります。1950~60年代の日本は、「国際収支の天井」を意識し、国際収支の赤字を改善するために総需要抑制政策を発動しました。ただ、中国当局としては成長率を抑制するような政策の採用は控えたいところでしょう。
こうした状況を考えると、中国としては、国際収支の問題を解決するために、独自の技術開発やイノベーションを推進して輸出競争力を向上させることで、輸出を増加させるとともに、これまで輸入に頼っていた部品や生産財、資本財などの内製率を高め、輸入代替を促進するという政策が望ましいでしょう。中国が5カ年計画で目指しているのはまさにこうした展開であり、戦略的新興産業として、次世代情報技術やバイオテクノロジーなどの分野に力を入れる方針を明らかにしました。ただ、多くの先進国における過去の経験を振り返ると、イノベーションを政策的に促進することで高めの成長率を維持する戦略には大きな不確実性が伴います。その意味で、次期5カ年計画の後半期において経済成長率が3%程度の軌道に低下する可能性をみておく必要があるでしょう。
輸出への注力姿勢には変化なし
以上の議論の踏まえると、来年からの5カ年計画の期間中に中国が内需中心で4~5%の成長率を達成する回廊は狭いと言わざるを得ません。私は、中国当局は、現実的には外需の拡大を引き続き目指すのではないかと予想しています。中国が内需の拡大を軸とした成長を目指すのは、米中関係が悪化することを念頭に置いたダメージ・コントロールのためであり、中国としてはこれまで通りに輸出の拡大を維持することが最も望ましいと考えられます。
米国向けの輸出環境は厳しくなるものの、米国が今後採用する通商政策次第では、中国の欧州・日本等に向けた輸出には拡大の余地があるうえ、コロナの終息後に需要が高まるとみられる新興国向けの輸出も増加が見込まれます。オープンな自由貿易システムの大きなメリットを享受してきた中国は、なるべく長い間そのメリットを享受できるように、外交を含めたあらゆる努力をするでしょう。中国が、次期5カ年計画において改革・開放をさらに推進する意向を鮮明にしていることはこのためです。中国がRCEP(地域的な包括的経済連携)の交渉で大筋合意をしたこともその一環と言えます。結局のところ、輸出をいかに維持し、伸ばしていけるかが中国の中期的な成長の姿を決定づけると考えられます。
木下 智夫
グローバル・マーケット・ ストラテジスト
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MC2020-179