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目次
〔要旨〕
- グローバルな売り:市場の調整は珍しいことではない。問題はもっと大きなこと、つまり景気後退が起こりつつあるのかどうかだ
- 景気後退への懸念:私は、米国の景気後退への市場の懸念は過度になっているとみている。米国の労働市場は、比較的良好な状態にあると考えられる
- FRB:FRBが9月に利下げを開始すれば、景気後退を回避できる可能性が高いだろう
FRBは金利を据え置き、米国の経済データは弱含みを示した
日銀とイングランド銀行がアクションを起こした
市場の売り:投資家には今何ができるか?
投資家が前向きになれる理由
見通し
今後の展望
市場の調整は通常、政策の不確実性や経済の想定外の脆弱性から起きるものですが、現在の景気後退懸念の高まりは過剰反応のように思われます。私は今週のレポートを、まさにグローバル市場が急落している最中に書いています。月曜日は日本株の12.4%下落で幕を開け1 、欧州株も下げ幅はそれよりも小さいものの、2.2%下落で引けました2 。本レポートを書いている米国の月曜日現在、米国市場は急落しており、VIXボラティリティ指数は一時60を超えました3 。何がこの急落を促し、投資家は今何をすべきなのでしょうか、そして次にどの指標に注目すべきでしょうか?
FRBは金利を据え置き、米国の経済データは弱含みを示した
米連邦準備理事会(FRB)は、7月31日水曜日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利を現行水準に据え置くこととし、9月の利下げを確約しませんでした―ただし、利下げへの扉は大きく開かれた状態となりました。市場は、水曜日はこのニュースを冷静に受け止めましたが、木曜日にはネガティブな反応に転じ、金曜日には、いくつかの注目企業の業績が期待外れとなったことや、米国経済の弱含みを示唆するデータが出たことを受けて、より一層ネガティブな反応を示しました:
- 新規失業保険申請件数が予想を上回りました。
- 7月の製造業購買担当者景気指数(PMI)が予想を下回る46.8に低下し、雇用サブ指数は43.4と6月の49.3から大幅に低下しました4 。
- 7月の米雇用統計では、非農業部門雇用者数の増加が11.4万人と、予想の17.5万人を大幅に下回りました5 。前月と前々月分の雇用者数も29,000人下方修正されました5 。加えて失業率が4.1%から4.3%へと大幅に上昇しました5 。これはすなわち、サーム・ルールと呼ばれる景気後退指標の発動に極めて近づいているということです。サーム・ルールとは、米国の直近3ヵ月の失業率の移動平均が、過去12ヵ月の3か月移動平均の最低値を0.5%以上上回ると、景気後退の初期段階が示唆されるというものです。(実際には米国の7月の失業率は4.253%で、これが4.3%に切り上げられたものであることから、厳密にはまだその状況には至っていません。)
日銀とイングランド銀行がアクションを起こした
FRBは異なり、他の中央銀行は先週アクションを起こしました。
日銀は、2つの重要な金融政策決定を行いました。1つ目は、主要政策金利を引き上げたことです。2つ目は、長期国債の買い入れ額を2026年3月まで四半期ごとに4,000億円程度ずつ減額していくことです―これは量的引き締め(QT)政策の一環となります。日銀は国債買い入れ計画について中間評価を行う予定であり、必要に応じて買い入れ額を修正する可能性がある点に留意することが重要です。
低下しつつあるインフレデータを受け、イングランド銀行(BOE)は政策金利を0.25%引き下げ、5%としました。これはパンデミック以来最初の利下げであり、今回の金利サイクルの最初の利下げでもあります。これは漸次的な緩和サイクルとなると考えられ、市場はBOEによる年内の利下げを合計2回と見積もっています。消費者物価指数(CPI)上昇率がBOEの目標値の2%まで低下した一方、BOEの金融政策委員会によるインフレ見通しが、昨年のエネルギー価格の相対的下落によるベース効果を加味し、年末時点で(2.7%に)上方修正されたことに留意することが重要です。BOEは、国内物価と賃金から来る二次的効果が持続すると予想していますが、それがどれだけ持続するかについては、金融政策委員会の委員間でコンセンサスが得られていないとしています。
市場の売り:投資家には今何ができるか?
これらのことが全て、本日、8月5日の市場の動きにつながっています。日本株の2桁の下落は、円高がこれほど進行したことに鑑みれば、完全な驚きとは言えません。先週の日銀の決定を受けて認識していたとおり、ここ数週間、そして過去数十年の歴史の中でそうであったように、円高が日本株を下落させるリスクは明確に存在します6 。
他方で、VIX指数が一時的ではあっても60を超えたのには驚きました。私には、これは過剰反応を示唆していると思われます。
では、投資家はどうすればいいのでしょうか。
何よりもまず、冷静さを保つことです。市場の調整は珍しくないことを思い起こす必要があります。多くの年に起こることであり、全く理由なしに起こるものではありません。成長がトレンドを下回り、減速しつつあったことから、インベスコの戦術的指標は7月初めにディフェンシブに転じました。債券が上昇し、株式が下落していることに驚きはありません。私たちは年央に、年末までに調整(そしてその後の回復)があっても驚かないと述べました。
問題は、もっと大きなこと、つまり景気後退が起こりつつあるのかどうかです。私たちは、市場が景気後退を過度に心配していると考えています。FRBが7月の利下げを見送ったことで、景気後退のリスクが高まったと考えられますが、私たちはそれでもなお、米国の労働市場は比較的良好で、雇用主は従業員の削減に消極的だと考えています。とはいえ、今年の市場が見せた力強い上昇は、非常にポジティブなニュースが織り込まれていたことを示唆しており、従って最近の動向―FRBが予想以上にタカ派的なこと、更に不安定になりつつある中東情勢、いくつかのテクノロジー企業の業績が期待外れに終わったこと、米大統領選の不透明感が増していること―を受け、調整が起きるのには意味があり、理に適っていると考えられます。当然のように、8月の市場は薄商いとなっています。
しかし、この売りを建設的に受け止めることができる、説得力のある理由もあると考えています:
投資家が前向きになれる理由
前向きな業績サプライズ。いくつかの注目企業の決算の当てが外れたにもかかわらず、決算シーズンは比較的前向きな内容となっています。S&P500種指数構成企業の75%が決算を発表しましたが、うち78%は一株当たり利益(EPS)が予想を上回り、59%は売上高が予想を上回りました7 。
7-9月期の見通し。更に重要なのは、7-9月期予想利益の下方修正が、四半期最初の1ヵ月の間に通常見られる範囲を超えては見られないということです。7-9月期のボトムアップEPS予想(S&P500種指数構成全企業のEPS予想中央値から積み上げたもの)は、6月30日から7月31日にかけて1.8%低下しました8 。この低下幅は、S&P 500種指数構成企業の5年平均、10年平均、20年平均についても同じであり、これら3つの期間すべてについて、予想利益が平均1.8%下方修正されました8 。また、利益の伸びに対する寄与の裾野は拡大しており、予想利益見通しからは、マグニフィセント7以外の企業からより大きな寄与が示唆されています。
景気後退指標は未発動。私たちは、景気後退リスクが大幅に上昇したとは考えていません。景気後退時の主な特徴について考えてみると、まだそれらが引き起こされていないことが分かります:
- 対企業の融資基準は依然厳しいものの、今年に入って緩和されています9 。
- ハイイールド債のスプレッドは拡大しましたが、景気後退期の初期に見られる水準を依然として大きく下回っています10 。ゴールドマン・サックスは、今後1年以内に景気後退に陥る確率を引き上げましたが、これは15%から25%への引き上げに過ぎません11 。
- 非金融企業の負債水準は引き続き低位となっています12 。
- サーム・ルール発動間近とはいえ、失業率は歴史的にみて、依然として非常に低い水準にあります。4.3%の失業率は、米国失業率の長期平均5.69%を大きく下回っています13 。
FRBによる利下げ。FRBが7-9月期中に利下げを実施することは事実上確実であり、11月、12月にも再び実施される可能性が高いと考えられます。9月に0.5%の利下げが行われる可能性が高まっており、現在では9月の会合前にFRBが利下げを行う可能性が大きくなってきています。(今日一時的に市場では、FRBが9月会合の前に緊急利下げを実施しなければならなくなるとまで予想されました14 。)7月の米雇用統計でも平均時給の伸びが3.6% に低下しており、賃金インフレの継続的な低下が示唆されることから、FRBの利下げ開始への自信を深めることとなったと考えられます15 。
バリュエーション。市場による売りの1つの大きな利点は、非常に高かったと認められるバリュエーションが、より魅力的になったということです16 。そして、投資家が掘り出し物が現れたときに投入する可能性の高い非常に大量の現金が、傍らに積み上がっている状況です。
数ヶ月以上の時間軸で見ている投資家にとっては、忍耐強くあることが重要だと考えます。先週のレポートで予告したように、FRBが先週利下げを行わなかったのは間違いだったと私は考えていますが、それが経済に取り返しのつかないダメージを与えるとは考えていません。今回の売りは、非常に感情的な市場の反応であり、景気後退の可能性を過剰に見積もっていると私はみています。利下げは目前ですし、米国経済は比較的良好な状態にあると分かっています。
FRBの利下げ開始が遅きに失し過ぎたということではない、というのが私たちの基本シナリオです。FRBが間もなく利下げを開始すれば、景気後退を回避できる可能性が高く、米国経済の成長は、2024年後半から2025年前半にかけて再加速するだろうと考えています。
見通し
今後数週間、不安定で厳しい市場環境が続いても驚きはありません。しかし、長期投資家が犯しかねない最大の過ちは、怖気づいて市場から離れてしまうことだと私は懸念しています。グローバル金融危機を含め、大幅な売り越しの際にこのような感情的な投資家の反応が起こるのを何年も見てきましたが、それは投資家にとって最も損な判断かもしれません。むしろ今回の売りは、現金を大幅にオーバーウェイトしている忍耐強い投資家にとって、現金のエクスポージャーの縮小を検討する機会となる可能性があると、私は楽観的にみています。
今後の展望
ジャクソンホール会議(ワイオミング州ジャクソンホールでの経済シンポジウム)が数週間後に始まります。これは、FRBの政策担当者が利下げへのコミットメントに近づく機会であり―かつまた、Rスター(経済が完全雇用の状態にある時、緩和的とも引き締め的ともならない中立的な実質長期金利(自然利子率))についての見解を明らかにする機会でもあります。私は、これは非常に難解な概念―「非常に不正確」と見なされ得る、また「かなりリアルタイムの測定誤差があり得る」概念―だと考えていますが、FRBによる利下げ開始後の方向性について示唆を与えてくれるだろうと考えています17 。
(執筆協力:ポール・ジャクソン、木下智夫、ブライアン・レビット、エマ・マクヒュー)
公表日 | 指標等 | 内容 |
---|---|---|
8月5日 | S&Pグローバル・ユーロ圏 サービス業PMI |
ユーロ圏のサービス業の経済の健全性を示す |
8月5日 | ユーロ圏センティックス 投資家信頼感指数 |
今後6ヵ月間のユーロ圏の景気見通しを追跡 |
8月5日 | ユーロ圏PPI (生産者物価指数) |
インフレの動向を示す |
8月5日 | S&Pグローバル米国 サービス業PMI |
米国のサービス業の経済の健全性を示す |
8月5日 | 米ISM製造業PMI | 製造業の経済の健全性を示す |
8月5日 | 米ISM非製造業PMI | 非製造業の経済の健全性を示す |
8月5日 | 日本 家計消費支出 | 家計の支出の状況を測定 |
8月5日 | 日本 労働者総賃金 | 総賃金の状況を測定 |
8月5日 | 日本10年国債入札 | 日本の10年国債の入札 |
8月6日 | ユーロ圏小売売上高 | 小売セクターの健全性を示す |
8月6日 | 米貿易収支 | 輸入財・サービス額と輸出財・サービス額の 差異を測定 |
8月6日 | ニュージーランド失業率 | 雇用市場の健全性を示す |
8月7日 | 日本景気先行指数 | 景気循環の重要な転換点と短期の経済の 方向性を先行して示す |
8月7日 | 英ハリファックス 住宅価格指数 |
住宅市場の健全性を示す |
8月7日 | ドイツ鉱工業生産 | 鉱工業セクターの経済の健全性を示す |
8月7日 | カナダPMI | 製造業とサービス業の経済の健全性を 示す |
8月7日 | 米原油在庫 | 米国の企業が在庫として保有する商業用 原油量を週間で測定 |
8月7日 | 米10年国債入札 | 米国の10年国債の入札 |
8月7日 | 米国消費者信用残高 | 不動産担保ローンを除く個人向け 与信残高を測定 |
8月7日 | 中国貿易収支 | 輸入財額と輸出財額の差異を測定 |
8月8日 | メキシコCPI | インフレの動向を示す |
8月8日 | 中国CPI | インフレの動向を示す |
8月9日 | ドイツCPI | インフレの動向を示す |
8月9日 | ブラジルCPI | インフレの動向を示す |
8月9日 | カナダ雇用統計 | 雇用市場の健全性を示す |
- 1.出所:ブルームバーグ、2024年8月5日、日経平均株価に基づく
- 2.出所:CNBC、“Europe stocks close 2.2% lower amid global downturn as volatility index spikes to Covid-era high”、2024年8月5日、ストックス欧州600指数に基づく
- 3.出所:ブルームバーグ、2024年8月5日
- 4.出所:S&Pグローバル、2024年7月31日
- 5.出所:米国労働統計局、2024年8月2日
- 6.出所:国際決済銀行、MSCI、LSEGデータストリーム、インベスコ、1998年1月から2024年8月2日までのMSCI世界指数に対するMSCI日本指数のパフォーマンス及び円相場に基づく
- 7.出所:ファクトセット業績見通し、2024年8月2日
- 8.出所:ファクトセット業績見通し
- 9.出所:FRBシニア・ローン・オフィサー調査、2024 年4-6月期
- 10.出所:セントルイス連銀経済データ、2024年8月5日。ICE BofA米国ハイ・イールド・インデックスのオプション調整後スプレッドは現在3.72で、2001年、2007-2008年の景気後退開始時や2020年の景気後退時の水準を大きく下回っている
- 11.出所:ブルームバーグ、“Goldman Economists Lift ‘Limited’ US Recession Risk to 25%”、2024年8月4日
- 12.出所:FRB、2024年1-3月期
- 13.出所:米国労働統計局、1948-2024年のヒストリカル平均に基づく
- 14.出所:ブルームバーグ、2024年8月2日
- 15.出所:米国労働統計局、2024年8月2日
- 16.出所:ファクトセット・リサーチ・システムズ、ファクトセットによると、2024年8月2日時点のフォワード株価収益率は7月1日時点で21.2だったのに対し、8月2日時点では20.7。S&P500種指数に基づく
- 17.出所:ニューヨーク連銀
クリスティーナ フーパー
チーフ・グローバル・マーケット・ストラテジスト
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MC2024-101