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目次
中央銀行の考え方の変化:持続的で広範囲なインフレとインフレ期待の急速な高まりにより、欧米の多くの中央銀行の考え方が変化
市場は中央銀行の転換を消化:超低金利政策からの転換が迅速かつ大規模であったため、世界中の金融資産がネガティブに反応
どこに投資機会を見いだせるのか?:短期的には、中央銀行が金融引き締めに動いていない市場に投資機会が存在
スイス中銀が15年ぶりの利上げを実施した背景には、他国の高インフレによる二次的な影響を懸念したことがある
過去、中央銀行が前提や手段を変えるには、10年以上の月日と金融危機を必要とした
1980年代の超高金利と2010年代の超低金利が異例なものであった。金融政策の正常化は最初は痛みを伴うものの、インフレが抑制されれば、十分に利点がある
短期的には、中国や日本の市場(中国の不動産分野を除く)に、投資機会を見いだすことができると見込む
先週は、中央銀行にとって極めて重要な一週間でした。先週を振り返ったとき、超金融緩和政策の真の終焉(しゅうえん)と見なすことができるのか、と問うのは大げさな話ではないでしょう。ゼロ金利政策によって資産クラスのリスク・リターン・シナリオが変化した長い局面の終わりと見る向きもあるのではないでしょうか。
この大きな変化を示すサインは何でしょうか。米連邦準備理事会(FRB)やイングランド銀行などの主要な中央銀行は、大なり小なり金融引き締めに踏み切り、パウエルFRB議長も先週、インフレ率の低下がFRBの最大の関心事であることを明らかにしました。しかし、超緩和的な金融政策の時代の終わりを示すという意味で、私にとってより重要だったのは、スイス国立銀行(中央銀行、スイス中銀)が先週、利上げを決定したことでした。
先週、スイス国立銀行(中央銀行、スイス中銀)は、0.50%の利上げを決定しました。これは極めて重要なことで、スイス中銀にとって15年ぶりの利上げとなりました。また、スイス中銀は2022年の予想インフレ率を2.1%から2.8%に引き上げましたが、スイスのインフレ率は他の欧米先進国を悩ませているような高水準ではいないことは注目に値します 1 。では、なぜスイス中銀は利上げを決定したのでしょうか?それは、他の多くの国が高インフレで悩まされていることを考えると、二次的な影響を受ける恐れがあるためです。
したがって私には、今回のスイス中銀の決定は、世界の多くの地域でインフレ圧力が高まっている中で、欧米先進国・地域の中央銀行が金融政策の正常化に向けて動き出したことを象徴しているように思えるのです。これらの中央銀行は、ここ数十年で初めて、大きく考え方を変化させました。より高く、より持続的で、より広範囲なインフレと、急速に高まるインフレ期待のために、そうせざるを得なくなったのです。
この超低金利で実験的な金融政策の時代は、世界金融危機に対処するために始まりましたが、その源はそれよりもずっと前に形作られ、グローバル化の恩恵を明確に受けながら現代の中央銀行やビジネスリーダーの考え方の重要な基礎となってきました。私は、1994年にアメリカン・エキスプレスの元CEO、ジェームス・ロビンソンにより執筆された「Inflation Overkill: Moving the Fed Into a Global Age」という論文を鮮明に覚えています。その論文で、ロビンソンは、「FRBは、主たる政策手段としての金利の活用とインフレとの闘いの両面における支配的な役割を再評価しなければならない。中央銀行がバランスを取らなければならないリスクは変化している。インフレは、景気後退や低成長の見通しほどは脅威ではなく、インフレを抑制するために金利を引き上げることは、しばしば病気そのものよりもはるかに悪い治療法となる」と記述しています 2 。
ロビンソンは、FRBの主要な政策手段の限界について厳しい見方をしていました。ロビンソンは、「FRBのアプローチの基本的な弱点は、1980年代初めのインフレに対抗する試みをみればわかる。その効果を実感できるまでに金利は20%という驚異的な水準に達しなければならなかった。」と記しています 2 。そして、ロビンソンは最後に、「われわれは世界をより良いものに作り変える歴史的な機会を与えられている。われわれは、時代遅れの前提、手順、ツールに挑戦する勇気を持てるだろうか」と疑問を投げかけました 2 。
ロビンソンの疑問は不吉な前兆でした。しかし、ほとんどの主要な中央銀行がその前提や手段を変えるには、10年以上の月日と金融危機を必要としました。それは、超低金利だけでなく大規模な資産購入を含む実験的な金融政策の時代を先導しました。その時代は今まさに終わろうとしています。数週間前の本リポートで述べたように、1996年に私が使った古い「住宅ローン計算機」は、6%から20%の間の住宅ローン金利しか設定されていませんでしたが、現在、米国の30年固定住宅ローン金利の全国平均が5.91%であることを考えると、この住宅ローン計算機は急速に時代遅れではなくなりつつあります 3 。
現在、先進国の主要な中央銀行のすべてがこのような考え方の転換を図っているわけではありません。欧州中央銀行(ECB)は金融引き締めを進めているものの、同時に周辺国債のリスクプレミアムを引き下げようとしています。日本銀行は依然として「超低金利」の考え方でいますが、これは、黒田総裁やその他の日本銀行関係者にとってインフレは大きな懸念ではないためです。日銀はイールドカーブのコントロールにより重点を置いているのです。しかし、欧米のほとんどの主要な中央銀行はこの移行過程にあります。
1994年当時、中央銀行が超高金利に頼りすぎているとロビンソンが懸念したのとは対照的に、現在では多くの人が逆の懸念を抱いています。彼らは、中央銀行が政策金利を下げすぎ(ECB、日銀、スイス中銀はゼロ以下)、貨幣を大量に発行することによって、逆方向に進み過ぎたと主張しているのです。こうした見方は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)やそれ以前に積み上げられた過剰債務の実質価値を引き下げる方法としての金融抑圧が間近に迫っているという恐れをも映し出していました。
実際には、1980年代の超高金利と2010年代の超低金利が異例なものでした。私たちはあまりにも長い間、特殊な環境の中で生活してきたため、市場は正常化を恐れるようになりました。しかし、私は政策の正常化は最終的にはプラスに働くと考えます。最初は痛みが伴うものであり、経済的な影響ももたらしますが、それはばんそうこうを剝がすようなものです。しかし、インフレが抑制されれば、金融政策や金融市場の正常化には十分に利点があると考えています。
私たちは、この新しい金融政策が資産価格にどのような影響を与えるのかを気にかけることが必要です。このテーマについては、過去において、金融政策が資産価格に与える影響を探る学術的な研究が数多く存在します。私たちはここ数カ月、株式から暗号資産、さらには「リスクの低い」資産に至るまで、リスク資産の大混乱を目の当たりにしてきました。しかし、これは短期的な現象にすぎないのでしょうか、それとも「ニューノーマル」なのでしょうか?
世界的に資産価格がネガティブな反応を示しているのは、中央銀行の金融政策の転換があまりに迅速かつ大規模であったためと考えます。市場は、わずか数カ月前に始まった劇的な変化をまだ十分に消化していません。FRBが利上げの「前倒し」を終えれば、資産価格、特に質の高いクレジットや株式にとって不利な環境は解消されるとみています。欧米の中央銀行が2022年後半に金融引き締めを緩和することができれば(彼らはFRBに追随しなければならないというプレッシャーを感じているでしょう)、資産価格環境の改善を後押しする可能性があります。また、待ち望まれたインフレ率の緩やかな上昇も助けになるはずです。
さらに、その先を見渡し、戦略的投資家やアセットアロケーターとして長期的な視野に立つのであれば、資産クラス間の相対的なバリュエーションの再編も期待できます。債券利回りは、米国と英国ではほぼ0%、ユーロ圏、スイス、日本では文字通り0%以下であったものが、急速に調整されつつあります。現在の金融政策の正常化が進んだ後、債券は再びクーポンを提供し、投資家がリスク資産のボラティリティを吸収することで役に立つようになると私は考えています。債券と株式への分散投資も、いずれは再び注目され、ポートフォリオのバランスを取るのに役立つと予想しています。
株式やその他のリスク資産も、金利上昇局面では良好なパフォーマンスを示す可能性があります。今後2年間の金利予測は、欧米先進国の金利が過去の水準から見てまだ低いことを留意してください。ロビンソンの論文が発表された1994年9月当時、フェデラルファンド(FF)金利は4.73% 4 で、同年11月に0.75%の利上げが実施され、その後も利上げが行われました。金融政策の正常化が、株式の強気相場の終焉(しゅうえん)につながるわけではありません。しかし、当初は、金融引き締めによる景気減速を織り込む形で、業績の調整を含む本格的な調整が必要になると考えています。
一方で、パンデミックへの対応が異なるように、ロシア・ウクライナ紛争がエネルギーや食料価格に与える影響も経済圏によって異なることに留意すべきと考えます。この結果、マクロ経済と市場のけん引役が経済によって大きく異なる状況が生まれています。この点は、分散投資の必要性につながると考えます。
私たちは、中央銀行が金融引き締めの動きに乗っていない市場に、短期的に投資機会を見いだすことができると考えます。特に、日本と中国のリスク資産(中国の不動産分野を除きます)は、為替ヘッジベースで投資魅力が高い(緩和的な政策スタンスにより、米ドルや欧米の主要通貨に対して自国通貨がさらに下落する可能性があるため)と私は考えています。
日本の輸出産業は非常に弱い円から恩恵を受けると私は考えています。日銀がインフレや円安・賃金上昇による影響を懸念し、スイス中銀に追随して利上げに踏み切るリスクはあります。しかし、日本が地理的にも経済的にもスイスから遠いように、日銀はスイス中銀から遠く離れた位置にいます。日本ではコア・インフレ率がまだ低水準であり、政府は長年にわたって、労働市場がタイト化する中で実質賃金の上昇を促そうと模索している状況です。そのため、日銀は引き締めに消極的であり続けると予想されます。
中国は、財政・金融刺激策を強化している(米国は金融引き締めを実施しています)ことや、新型コロナウイルスの感染拡大後の経済再開が遅れていることで、潜在的な恩恵を享受することができます。他の新興国も、引き締めサイクルにあることから、このような環境下で中国の金融資産から投資機会を得ることができます。
中長期的には、世界の株式、債券、オルタナティブ資産(そしてハイイールド資産)に分散投資することで、投資機会を見いだすことができると考えています。
クリスティーナ フーパー
チーフ・グローバル・マーケット・ストラテジスト
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MC2022-091